世界一激辛のハバネロを日本に園芸少年の夢

2007年10月31日

世界一辛いと言われるハバネロ。
もともと日本の文化に辛味は少ないし、あっても薬味ぐらいで、辛い料理というものはほとんどない。
ハバネロはスナック菓子につかわれ一躍有名になったが、その陰には、園芸にとりつかれ、園芸にかける男の夢があった。
日本で初めてハバネロの栽培に成功し、現在でも唯一の生産〜流通者の高田実さんのお話をうかがった。

Guest
高田 実さん

有限会社篠ファーム 代表取締役



高田 実 さん

【ハバネロとは】
ハバネロは世界一辛い唐辛子だ。
辛さの度合いを表すのに、「スコヴィル辛味単位=SHU: Scoville heat units」(略称スコヴィル値)がある。これは、辛味成分であるカプサイシンの割合を示したものであるが、辛味のないピーマンが0なのに対して、レッドサビナ種のハバネロは350,000〜580,000にもなる。ギネスブックにも「世界一辛い唐辛子」として認定されている。
辛いとされるハラペーニョや三鷹唐辛子で2,500〜8,000である。(純粋なカプサイシンは16,000,000スコヴィルにもなる)
ハバネロに、直接手で触ると、それだけでひりひりしたり、かぶれたようにしまうことさえある。できればゴム手袋をして調理し、さわった時にはよく手を洗わなければならない。


ハラペーニョ


ハバネロをかじったところ。先端は比較的、辛くない。

また食べるとじわーっと辛さが広がり、とんでもなく辛く、涙や鼻水がでるほどだが、2〜30分たつとスーッと消えてしまう。
そして独特の、野菜としてのさわやかな風味がある。
もともと日本の食文化には、辛味が少ない。あっても薬味的に使うくらいで、辛い料理というものはほとんどない。
そんな日本で、ハバネロが広まったのは高田さんの活躍があってのことだ。

【園芸に目覚めた幼稚園児 ひまわりに導かれて】
野球少年や、サッカー少年と、同じような意味で、園芸少年という言い方が、あるのかどうか分からない。
あったとしてもその数はごく少なく、きわめて珍しいだろう。
その珍しい園芸少年の中でも、高田さんの園芸少年振りは際立っていたといわねばならない。
なにしろ幼稚園のときに、園芸の魅力に目覚めたというのだ。
「たまたま、お隣の方が私に『ひまわりの種』をくれました。それを自宅にまいて、水だけやっていると、
どんどん育って、2mくらいになって、立派な花が開いたのです」
「それは、感動しました。とつてもなく、大きくなったなあ、立派な花だなあ、と居ても立ってもいられないくらい感動しました(笑)」

ひまわりの種をくれた「お隣の方」はひまわりの花を咲かせた少年を気に入ったのだろう。その後も、朝顔など徐々に手のかかる、花卉(かき)類の種をくれ、育て方をこまごまと教え、少年をかわいがってくれた。
少年は、園芸を趣味とも、天職とも考えるようになってゆく。
しかし、幼年の幸福が、少年期にも変わらずずっと続いて、職業を決定するに至るのは、もっと稀なことだろう。
高田さんは、高校進学に当たって、迷いなく園芸高校を選択し、卒業後も順調に大手園芸会社に就職した。一点の曇りもない園芸人生に見える。

【「自分のために」の企業は苦難の船出】
園芸一筋だったが、「いろんなことが知りたくて」5回の転職をした。業種は、大手の園芸小売から始まって、花屋の丁稚、問屋の責任者、大手スーパーの生花園芸担当バイヤー、切花輸入商社の商品開発・営業担当取締役と川中(問屋、流通)から川下(小売)までを経験する。本当に花にかかわる職業だけに携わってきた。
この30年の経験を武器に、胸の中で、「今度こそ、自分のために働いて、自分のスタイルの会社を作りたい」という思いが強くなった。
切り花輸入会社を退職して、「自分のための」園芸会社を作った。11年前、1995年のことだった。
起業はしたが、前職との兼ね合いで、切花は扱いにくい。思うように事業ができるわけではなかった。
1年目から園芸ブームに恵まれ、花やハーブの栽培キットで売り上げを作ったがしばらくすると早くもブームはしぼんだ。



また何をするか考える日々が来た。ブームは終わったが、園芸愛好者は増えた。次の手は、園芸愛好者向けの新品種の苗事業だった。
起業3年目、新機軸があたった。白ゴーヤ・なめらかゴーヤ・ウコン3種・ヤーコン・黒ピーナッツ・シークヮーサー(苗木)など、当時流通していなかった野菜を次々に栽培、苗を種苗会社やホームセンターに売り込んだ。
珍しい野菜ばかりでユニークだが、親しみがない。
「出足は、なかなか売れず、不安がよぎった。が一月もすると、売れ始めました。園芸をする人は、人と違うものを作りたいんですね」
結果は上々だった。50万ポットを販売し一大ブームとなった。
業界内では新野菜のパイオニアとなり、順風満帆かと思われたが、翌年には、思惑が外れ、野菜の苗は大量に残ってしまう。

【唐辛子の果実を広めよう-市場の扉をこじ開けた単独者の精神】
売れ残った苗を捨てる気にもなれず、畑に植えておくと、2ヶ月もすると花を付け、実をつけた。
偶然、残った苗には海外種の唐辛子が多かった。その中にハバネロも含まれていた。当時、唐辛子は売れなかったのである。
そこで、高田さんが唐辛子を研究してみると、日本では加工食品(七味唐辛子や、タバスコなど)は流通しているが、青果としての国内での栽培は極めて少なく、しし唐など辛くないものが多い。
折りしもタイ料理や韓国料理がはやり、担担麺もブームだった。辛いものは受け入れられているのだ。カプサイシンの効用もあちこちで説かれている。
フレッシュな唐辛子果実があれば、調味料としても野菜としてもヒット間違いなし、とひらめいた。
新野菜の中でも、唐辛子は珍しく、市場の扉は自力で開けなければならない

スコヴィル値 代表的なもの
  16,000,000 純粋なカプサイシン
  5,300,000 警察官用催涙スプレー
  2,000,000 一般用催涙スプレー
  577,000 レッドサビナ種ハバネロ
(ギネスブック上の記録)
  300,000 ハバネロ
  50,000〜〜100,000 タイ・ペッパー
チルテピン・ペッパー
  40,000〜〜50,000 スーパー・チリ・ペッパー
熊鷹
  30,000〜〜50,000 カイエン・ペッパー
タバスコ・ペッパー
  2,500〜〜8,000 ハラペーニョ
三鷹唐辛子
  2,500〜〜5,000 グアジラ・ペッパー
タバスコ・ソース
  100〜〜500 ペペロンチーニ・ペッパー
オールスパイス
  0 ピーマン
主要な唐辛子などの辛さ
スコヴィルは、測定法を開発した化学者ウィルバー・スコヴィルの名から名づけられた。唐辛子の辛味はカプサイシンである。含まれるカプサイシンの比率が高ければ、それだけ辛い。
※複数の資料より抜粋

一番大きな青果市場なら理解してくれる人もいるのでは、と期待してサンプル出荷した。
しかし、反応は厳しく「こんなに辛いものは日本人は食べない」だった。粘ったが、値はつかず、さらには、これからは送らないでほしいと断られてしまう。
これでは会社が立ち行かない。危機感に燃えた高田さんは各地の市場にサンプルを送るが、どこからも良い返事はない。
ここからが高田さんらしい、発想の転換である。日本人がだめなのなら、と、外国人が多い東京のグルメスーパーを軒並みに口説いた。
やはり次々に断られたが、中で2人だけが違う反応をした。
成城石井の青果担当の課長からは「すぐに訪問したい」と返事が来た。本当にすぐにきてくれた。畑を案内しながら、園芸の話、唐辛子の話をしまくった。帰りがけ「あなたが嫌だといっても私が離さない」と握手をしてくれた。
また、ザ・ガーデンのチーフバイヤーには「この商品を作った人は、食品のバイヤーさんじゃないか」と尋ねられた。思いが通じたようでありがたかった。
仕事は人と人との出会いでするもの、と感じた。
こうして、小さな扉が開いた。が、依然扱い量は少なく、赤字が続いた。

【ハバネロブーム到来】
3年前、2003年の9月になって、突然「東ハト」という会社から篠ファームに電話がかかる。
「生のハバネロの果実」がほしい、という。「ある」とこたえると「今からすぐ、うかがっても良いでしょうか」という。何事かと思ったが、これが大ヒットして一躍ハバネロを有名にした「暴君ハバネロ」の発売2週間前のことだった。
聞いてみると、新商品の記者発表やパブリティにどうしてもハバネロの果実の現物がほしくて、日本中を探し回り、もう時間もなく、いよいよメキシコへ買いに行かねばならない、という瀬戸際に篠ファームを見つけたとのことだった。
タレントさんが「世界一辛いハバネロ」の果実を齧って涙をながし、ぎゃーっと叫ぶパブリシティのインパクトはすごく、「暴君ハバネロ」は年間3,000万袋という、史上に例の少ない大ヒット商品になった。
しかし、ハバネロの果実が売れたわけではなかった。
それを見て、気の毒に思った東ハト社は、「ハバネロの栽培キットでも作ったら売れるのでは」と「暴君ハバネロ」のキャラクターの使用権を高田さんに認めてくれた。
翌年栽培キットを発売すると、「暴君ハバネロ」人気に支えられ、予想以上に売れて、ようやく一息つくことができた。
今も、ハバネロを生産—流通者として扱っているのは、篠ファームだけ、と高田さんは胸を張る。品質的に優れているうえに、価格的にも対抗するのは難しいはず、という。


東ハト「暴君ハバネロ」


「暴君ハバネロ」のキャラクターを使用したハバネロ栽培キット

【広がる地域の和 京都をハバネロの里に】
高田さんは、わたしたちを近隣のお客様でにぎわうベーカリーカフェ「パステル」へ案内してくれた。
出てきたのは「辛すぎるハバネロピザ」。
食べられないくらい辛いというしゃれのきいたネーミングだ。
確かに辛い。しかし輸入されたパウダーとは違い、生のハバネロを使っているので、ただ辛いだけでなく、独特のさわやかな風味がある。これがハバネロの特徴だ。「辛いが、慣れるとおいしい」が定評だという。
現在、1日100個以上売れるヒット商品になっている。
ほかでも、ハバネロカレーを出す店、ハバネロパスタを出す洋食屋さん、ハバネロアイスクリームを出す料亭、など地域の販売の輪が広がってきた。
ハバネロの他にも「世界の唐辛子15種」が徐々に注目されてきて、売り上げも伸びているという。
地元を中心にこだわった味噌や醤油とハバネロを合わせて、話題性の高い「京都ハバネロの里」シリーズとして発売することも決まった。すべて手作りで、添加物や人工着色料などなしの自然材料だけの安全でおいしい食品を目指した。
「これからは、地域で愛されると同時に、地域の役に立つ仕事をしていきたい。この地域をハバネロの里としてアピールして、本来の自然のよさを伝えたり、産物の販売拡大につながれば、と思います」
ひまわりから始まった、園芸少年の夢、はようやく芽を出し、まだまだ、これから伸びてゆく青春期のようだ。


辛すぎるハバネロピザ 左から


「パステル」の商品開発担当の田中さん、
同じく運営担当の垣本さんと(パステル店内にて)

高田 実
たかだ・みのる


有限会社篠ファーム
代表取締役
夫人と、2男の4人家族。休日には家族サービスに徹する。「家族は100%本心でつきう必要がある」が信条。
昭和28年8月1日生まれ
昭和46年園芸高校卒業後大手園芸会社へ
以降園芸畑で5回転職
平成7年有限会社篠ファーム設立
平成11年外国種唐辛子の生産・販売に着手
平成15年ハバネロブームを機にハバネロ栽培の篠ファームとして知られる
平成18年ハバネロを生かした食品事業に着手、今日にいたる


園芸
園芸ということばは、基本的には植物を育てること、を意味する。現在、主要には以下の2つの意味で使われる。
1.園芸農業(生産園芸)
農業の一分野として、果樹、蔬菜、花卉を育て販売する。
2.鑑賞園芸
観賞用の植物の育成・創作、仕立て(盆栽のような美的栽培)、コーディネート(総合的なデザイン・幅広い広がりがある)をおこなう。



唐辛子
唐辛子はナス科トウガラシ属の一年草。辛味の強い品種から甘い品種まで世界中に 500種以上がある。
日本には1542年ごろポルトガルから伝わったという説と、朝鮮から伝わったという説がある。
日本ではかつて50種類以上が栽培されていたといわれるが最近は減っている。 辛味種と甘味種とに分けられる。

<日本の主要な唐辛子>
■ 熊鷹(くまたか)
日本産で最も辛味が強い
■獅子唐(ししとう)
甘味種のうち、小型で肉薄の品種の未熟果物。
■伏見甘
京都の伏見で栽培されてきた。辛味はない。
■万願寺唐辛子
伏見甘と大型ピーマンのカリフォルニア・ワンダーとの交配でできたと言われる15cm以上になる甘唐辛子。現在では京野菜として認知されている。

<世界の主要な唐辛子>
■Cayenne (カイエン)
小粒で鮮やかな赤色の大変辛い唐辛子。ギアナの首都カイエンで品種改良された。
■Habanero (ハバネロ)
オレンジ色または赤色で丸い。世界で最も辛い唐辛子。
■Jalapeno (ハラペーニョ)
緑色で短い唐辛子。辛い。
■Serrano (セラーノ)
細長く緑色。米国南部で栽培される。生のままサルサに使われる他、ピクルスにもされる。
■Prickeene (プリッキーヌ)
タイで栽培されている青くて小さな激辛唐辛子。
■朝天辣
中国四川省産の赤くて丸い唐辛子。激辛。四川料理の基本の味。


カプサイシン
唐辛子に含まれる辛味成分。痛覚を刺激して痛みまたは辛味を感じさせる。体内に吸収されるとアドレナリ分泌を活発にさせて、発汗を促し、美容や健康に効果的である。



京都ハバネロの里シリーズ
11月発売予定
(9月13日より同社ホームページで先行販売中)

ハバネロうま辛黒豆味噌/698円(税込)
ハバネロうま辛白味噌/698円(税込)
ハバネロ醤油/698円(税込)

有限会社篠ファーム
京都府亀岡市馬路町狐瀬20−1
TEL:0771-24-7878
FAX:0771-24-7885
www.shinofarm.jp
事業内容:園芸事業、園芸加工品事業(栽培キットなど)、生鮮野菜事業
契約農場数:京都と兵庫、熊本を中心に150農場

世界初のIH炊飯器から未来へ―かまどを超えて、もっとおいしいご飯を

2007年10月19日

「ごはん」は私たち日本人にとってあまりに関わり深い。
単に主食、というだけでなく、味覚や生活や経済にも大きな影響を及ぼしてきた。
ごはんと向きあうことは、日本人の生活とも向きあうことでもある。
1988年に世界で初めてIH炊飯器を開発して、炊飯器の世界に「かまど」並みの高熱炊飯時代をもたらした、松下電器産業株式会社の「炊飯器4人組」の皆さんにお話をうかがった。

GUEST
松下電器産業株式会社
松下ホームアプライアンス社
クッキング機器ビジネスユニット

技術グループ・先行開発チーム・チームリーダー
大橋 秀行さん

技術グループ・主任技師
西田 隆さん

技術グループ・主任技師・消費生活アドバイザー
加古 さおりさん

商品開発チーム・チームリーダー
八木 純一さん

【稲穂の海に浮かぶ事務所で 先端技術のご飯の炊き比べを試食】
兵庫県加東市。見事な黄金の稲穂の波の中に目指す建物は、浮かぶように見えた。
「ナショナル」(松下電器グループの家電事業のブランド)の炊飯器事業の拠点、クッキング機器ビジネスユニットの事業所だ。企画も開発も生産もここで行われる。同社はIH技術を開発し、初めて炊飯器に応用し、市場を「創って」きた。
最先端技術と田園風景の組み合わせに、ふと、虚を衝かれたような気がする。が、考えてみれば、水田に囲まれた環境は、確かに春耕から刈り取りまで米作りを肌に感じ、米の成長や成熟を目の当たりに出来る。聞けば、炊飯器担当の社員が管理する田んぼもあって、交代で米作りをするのだそうだ。おいしいごはん作りに取り組むには絶好の環境だ。
待っていてくれたのは広報の担当の松浦さんと、4人の炊飯器のスペシャリストの方々。

写真左から順に
大橋秀行さん、加古さおりさん、西田隆さん、八木純一さん


ご挨拶もそこそこに、会議室で早速始まったのは2台の炊飯器で炊いたご飯の食べ比べ。到着時間に合わせて、炊きたてごはんを用意してくれていたのだ。
「まずは見てみて下さい」と、毎日何十回もの炊飯と試食を、入社以来続けてきた炊飯のプロ「ライスレディ」リーダーの加古さおりさん。
見た目は、写真ではわかりにくいが、2台のうち、右の最新機種のほうがごはんの色がほんの少し白く、表面が波打ち、中心と外側が高く盛り上がっているのだ。
さらによくみると確かに右側のほうが、一粒一粒がくっきりと美しい。左側は「おねば」が中央部に少し残っているような印象だ。
これが130℃という、普通にはありえない、高温スチームの威力なのだという。

黄金の稲穂の海に囲まれた、兵庫県加東市のクッキング機器ビジネスユニット全景。

高温スチーム機能のないSR-A10J(左)
最高級機種のSR-SS10A(右)


【かまど炊きを超えた?さくさくぷっくりご飯の初体験】
「しゃもじを入れてみてください」
加古さんに言われて、右側にのご飯にしゃもじを入れてみる。少し抵抗があって、その後スーッと入る。おやおや、これは、違うぞ。こんなにしゃもじが滑るように走るごはんは初体験だ。さくさくと切れるように混ぜ返す(天地する)ことができる。これは、衝撃だ。つい、何度もしゃもじを入れてしまった。
こんなことがあるのだろうか。
普通は、いくらなんでも、もう少し重たいような気がする。
これは、かまどを超えたか?
ナショナルの最新技術「銀シャリスチームコントロール」で追い炊き時に高温スチームで「余分な水分を飛ばす」のだそうだ。130℃もの高温だから「スチームで水分を飛ばす」ということができるらしい。(左は、べちゃべちゃ、ということではないが、ごはんが粘りつくようで少しだけ抵抗感が強い)

食べてみる。
香り、うまみともほんの少しだがしかしはっきりと、高温スチームで蒸らした右側のほうが、強く感じる。
右は5回ほど噛むと甘味が広がるが、左では10回ほど噛んでから甘味が出てきた。
さらに、炊いてから12時間保温したものも食べ比べた。
保温するときにも「銀シャリスチーム保温」で6時間後と12時間後に高温スチームを自動投入するのだという。明らかにスチーム蒸らし保温をしているほうは炊き立てにごく近い色と味と香りとが感じられる。
保温機能は、無論かまどにはない。明らかにかまどにプラスアルファの(かまどを超えた)機能だ。
まずは試食を、と自信たっぷりだったのも納得だ。


「ライスレディ」加古さんも炊きあがりをチェック
右は最新鋭の、130℃のスチームで加熱をする、「銀シャリ高温スチーム・遠赤ダイヤモンド包み炊き・5段全面IH・交互対流」で「新旨火ダイヤモンド銅釜(2.3mm)」のSR-SS10A型である。「おいしさ☆☆☆☆☆(五つ星)」の表示がある。機能てんこ盛りで説明も大変だが、これまでの炊飯器技術の集大成といってよい。もう一方は同社の製品で高温スチームのないSR-A10Jという炊飯器。こちらは「おいしさ☆☆※(2.5)」の表示。


SR-SS10Aの炊き上がりアップ。
「おねば」のあとが見当たらない「さくさくぷっくりご飯」だ。


【おいしいごはんとは、どういうものか 1日約80回の試食で官能評価】
おいしいごはんの炊き方の火加減は、「始めちょろちょろ、中パッパ、ブツブツ言うころ火をひいて、一握りの藁燃やし、赤子泣いてもふた取るな」という、かまどでのごはん炊きの口伝に集約されている。
そもそも、ごはんがおいしいとはどういうことか。
ご飯を炊くと、硬い結晶構造をもつ生でんぷん(βでんぷん)に水と熱が加わり、構造を変化させ、消化・吸収の良い状態(αでんぷん)にかわる。この変化がご飯を炊くということであり、αでんぷんに完全に変化していることがおいしいということの条件であることがわかっている。
十分α化したごはん粒は、つやがあり、形が美しく、透明感がある。また食べれば一粒ずつの存在感があり、甘味があり、旨みがあり、弾力があり…、要するにおいしい、感動するごはんなのである。
また味覚の評価には、実際に食べて味覚を評価する官能評価と定量的に計測できる理化学的評価とがある。
官能評価では通常、味(うまみ、甘味)・粘弾性(ねばり、弾力)・硬さ(表面の硬さ、内部のやわらかさ)・触感(ほぐれやすさ、しっとり感)・香り・外観(ふくれ方、表面の美しさ)の6項目の評価を行い、それぞれ点数をつけ、集計する。これがおいしさのモノサシである。


官能検査による高温スチーム炊飯ごはんと従来の炊飯の評価

ナショナルの官能試験室では10項目に細分化して評価している。
加古さんがリーダーを務めるナショナルのライスレデイは、一人毎日10回ほどご飯を炊き、試食するという。もちろん他のスタッフの炊いたご飯も試食するから1日80回もの試食をすることになるのだ。
「80回というと皆さんびっくりされますが、ごはんは飽きません。食べられないということはありませんよ」と、加古さんはこともなげに言う。
味覚の評価は、社内では求める理想像を100点として数値化されており、主要な銘柄米ごとの理想的な炊き方なども数値化されているのだという。
理想像に対して、現在は何点のご飯ができるか、と聞くと「高スコアであることは確かだが、正確な数値は社外秘」とのこと。残念。
「ナイーブな部分もあるので」公表していないとのことだが、確かに「おいしさ」には共通の客観的な、モノサシがあるように思う。人の味覚は甘酸塩辛苦の味を感じることができ、うま味も感じる。習慣や、慣れを除けば味覚は共通であり、その土台の上に「好き嫌い」や慣れや習慣や、その時々の思いが加わって「感動」したり、記憶に残るものになるのだろう。

【炊飯器の歴史はかまど炊きへの3つの挑戦 高火力をはじめて実現したIH技術】

1953年に始まった電気を使った炊飯器の歴史は、家事労働を大幅に軽減するツールであるとともに、かまどと羽釜(はがま)で炊くご飯の味(伝統食文化)への憧れと挑戦の歴史であった。
課題は以下の3点に集約されるだろう。
第1にかまどの高温、高火力を再現すること。一気に包み込むように多方向から炊き上げる熱の力と、「むらし」の時の高温を維持すること。電気ヒーターでは、大きく足りなかった。
第2に火加減のコントロール。
特に、「一握りの藁」と「蒸らし」の火力のコントロールが難しいようだ。
藁は火力が強く燃焼温度は800〜900℃に達する。一気の追い炊きで余分な水分を飛ばす。このときおこげもできるわけだ。しかも藁の燃える時「けむり」や「におい」には、魚の脂の酸化を防止し、なおかつ殺菌効果のある成分「フェノール類」が含まれている。藁、恐るべし、である。


IHの熱の源、電磁誘導コイル
かまどと最新炊飯器の加熱イメージ
1997年大ヒットしたコンパクト型のIH炊飯ジャー(左)
2006年最新鋭SR-SS10A (右)


第3におねばの問題。
一気に加熱すれば大量のおねばが一気に出る。かまどなら空間も大きいし、いざとなればふきこぼれもするが、電気釜では危険でもあり、家庭用品としては吹きこぼすわけにも行かない。
また、高温の蒸らし状態を維持して、おねばを再び、ご飯粒に含ませなくては美味しくならない。
1988年には電気ヒーターの1.8倍もの高火力で加熱し、さらにきめ細かく火加減を調節できるIH(電磁誘導加熱)ジャー炊飯器が登場し、第1の課題を基本的には解決し、美味しいごはんを可能にする画期的技術として一時代を画する。
現在では、おおむね市場の6割をIHタイプの炊飯器が占めるにいたっている。
しかし第2、第3の課題はIHだけでは解決できない課題だった。

【IH炊飯器からさらにおいしく―― おいしいご飯への思いが後押し】
IH炊飯器を開発して基本的な熱量の問題をクリアしてからも、ナショナル炊飯器チームは次々と新しい技術を開発してきた。
1997年には側面やふたからもIHで加熱できる高級コンパクト機種が5万円台という高価格にもかかわらず24万台も売れるヒットを記録した。
市場の美味しいごはんを求める気持ちの強さの表れだろう。
最新のSR-SS10A型は130℃の「銀シャリ高温スチーム」で炊飯の仕上げ(最終加熱)と保温加熱をする点で「かまどを超える」炊飯ジャーだ。
130℃の高温スチームは高温のため眼には見えない。また。ものを湿らすのではなく、乾かす、のだという。「高湿度の熱風だと思えばよいでしょう」と大橋さん。
この熱風で、追い炊きの「一握りの藁」の熱が可能になった。炊飯器史上IHに次ぐ大きな技術革新だろう。
ほかにもこの最新鋭機には「IH以後」の主要な技術革新の成果をすべて集大成した。
@ステンレスより高火力を発する銅釜に、さらに高熱を伝えるダイヤモンド微粒子をコーティングした新旨火ダイヤモンド銅釜。銅釜は、大橋さんが中心となって苦心を重ねて、ステンレスの13倍の熱伝導率を持つ銅を、ごく薄くメッキ加工することに成功したもの。大橋さんの思いがこもっている。
A遠赤外線を発するダイヤモンド微粒子をふたにコーティング。全体から遠赤外線を放出する遠赤ダイヤモンド包み炊き。 
B底面と側面、ふたに計5つの電磁誘導コイルを設置、全体を包むように加熱する5段全面IH。
C側面と底面の電磁誘導コイルを交互にオン・オフすることで強い対流の方向を切り替える交互対流。
(この成果で、炊き上がりのごはんが波打っていたのだ)
整理すると以上のようだ。どのひとつにも炊飯器チームの一人一人の思いがこもっている。


工場をご案内頂いた大橋さん。
思い入れ深い銅釜の素材の銅版を手ににっこり。仕事人の勲章だ。


銅釜とステンレス釜の発熱試験をする八木さんと西田さん。
銅釜のほうが5%近く発熱量が多い。


【食の未来を見据える技術の夢 「文明の利器」から「食文化の継承・創造」へ】
米はかつての絶対的な主食ではなくなった。
一人当たりの年間消費量は1960年の114.9kg(約2俵分だ)から、今では60kgを切る(1俵弱だ)ところまで、ほぼ半減している。だいぶ落ち着いてはきたが、今もまだ減る傾向は変わらない。
が、おいしいごはんを食べたい、という思いは強い。
銘柄米の売れ行きは増えることはあっても、減ることはないし、炊飯器も今日でも毎年600万台以上も売れる。すごい数だ。(テレビの国内販売数が800から900万台である)さらに高額の高機能商品がどんどん発売され、市場は大きくなっている。土鍋や鉄鍋など、炊き方にこだわる人も、増えているだろう。
炊飯器は(米は、あるいはごはんは)、これからどうなるのだろう。炊飯器の未来を考えることは、すなわち日本人の食文化のこれからを考えることでもある。
炊飯器は50年にわたり、家事労働を軽減する「文明の利器」であった。今は「もっとおいしいごはん」を求められている。
炊飯器チームの技術者は、もっと「自動化」してもっと精度の高い技術の王国を、できれば洗米や精米までも含む「全自動化」を、と夢見る。
一方、米は日本人の味覚を作ってきたという点では依然として「主食」である。
甘味(あまみ・うまみ)と、食感のやわらかさ、食味の穏やかさはは京料理にも、家庭料理にも反映されている。おいしいごはんを食べるとき私たちは、米の文化の深々とした安心感に包まれる。おいしいごはんは、やはり私たちの、味覚のアイデンテティである。
食文化はどんどん変わってゆくが、しかし、この味覚の民族的深層はまだまだ変わらないように思われる。とすれば、ごはんのおいしさは、やはり大切である。いや、食文化の変化が激しいからこそ、ますます大切であるだろう。
米の消費量の問題ではなく、これからの食文化を豊かにするために、わたしたちの本源的な味覚のアイデンテティでもあるごはんのおいしさを継承し、磨いてゆくことは、有益なことであるに違いないからだ。
だから、これからの炊飯器「自動化」の進展は「おいしさ」の進展でもなければならないだろう。
家事労働にかかわる「文明の利器」であった炊飯器は、次代の食の「文化の創造」という視点でも、大きな役割を果たすべき位置に立っていよう。


一人当たりの年間お米消費量の推移


松下電器産業株式会社
松下ホームアプライアンス社(松下電器の社内分社)
クッキング機器ビジネスユニットの皆さん




大橋秀行(おおはし・ひでゆき)
銅釜の開発者として有名。
加古さおり(かこ・さおり)
炊飯と食味のスペシャリストにしてスターである。2女の母。
西田隆(にしだ・たかし)
次代の炊飯器の開発に取り組む、技術畑の期待の若手。
八木純一(やぎ・じゅんいち)
家電営業畑から炊飯器の商品企画に転身した。次代の商品開発をになう。

広報担当 松浦美穂(まつうら・みほ)
炊飯器畑も長く、ホームページでお米講座の先生もしている。

<IH>
電磁誘導加熱(Induction Heating)のこと。磁力線のはたらきで、鍋自体を発熱させ、高火力を経済的に実現できる。
詳しくは「IH物語 その挑戦の軌跡を追う」へ



<ライスレディ>
ライスレディは、味覚に優れた官能評価のスペシャリストであるだけでなく、炊飯器チームの調理ソフト開発を担当している。10名ほどのスタッフがいる。食物の専門家であるが、仕事内容は下記のように多岐に渡り、炊飯文化を耕し、商品化し、広める仕事である。


1)要素技術開発
基礎実験、炊飯理論の明確化
2)炊飯プログラム開発
加熱条件などの決定
あらたな調理コース(プログラム)の開発
3)試作品テスト確認
官能評価、理化学的評価、目標のおいしさ確保の責任
4)カスタマーコミュニケーション食や炊き方提案、アドバイス
詳しくは「KADEN魂 史上最強のゴハンを求めて」

<おねば>
ご飯を炊いて沸騰すると、粘りけのある汁が出てきます。これが“おねば”と呼ばれるもので、米のうまみをたっぷり吸い込んでいる。このおねばをこぼさずにまた、ご飯粒に戻してやることで、おいしいご飯になる。



<おいしいごはんの炊き方>
玄米になってからのことに限定すると、できるだけ冷暗所に保存すること(米はひと夏越すと急速に食味が落ちる)、精米したてを食べること(精米した米は生鮮食品と心得るべきだろう)である。また、研ぎは精米後の日数によるが、軽く洗うのでなく十分に研ぐことが大事だ。研ぎ方だけでも随分味が違う。割れない程度に、というより割れる寸前くらいまで強く研いで、糠をできるだけ落とすことが大切である。

<火加減について>
1)はじめちょろちょろ
この部分には諸説ある。不要との説もあるがナショナルでは炊きはじめから沸騰するまで15〜20分程度、東京ガスの資料では10分から15分程度がおいしいごはんができる目安としている。
2)中パッパ
強い火力で一気に炊き上げるとα化が進む。IHの実用化で炊飯器はこの壁を乗り越えた。
3)ぶつぶつ言うころ火を引いて
吹き上がったら、おねばをこぼさないよう、ふきこぼれないように火勢を弱め、沸騰を継続させる。量にもよるが、98℃以上で20分間程度維持することが大切、という。
4)一握りの藁燃やし
おいしさの一番のポイントは、この追い炊きにありそうだ。藁の火力は、これまで再現できなかったが、高温スチームが可能にした。
5)赤子泣いてもふたとるな
蒸らしの時間である。ごはんが釜内の水分を完全に吸収することが理想。最後に「天地する」(下記参照)ことで余分な水分を蒸発させて仕上がる。


<天地する(ほぐし)>
蒸らしの最後に、しゃもじで切るようにごはんをほぐして上下に入れ替えること。そこのほうに残っている余分な水分を蒸発させるために行う。


<炊飯器の歴史>
1953年にナショナルは初の電気で炊飯できる「家庭用軽便炊事器」を発売した。
1955年に東芝が初の「自動電気釜」を発売した。
1962年世界標準となっているメカ式炊飯器、1979年にはより細かく「火加減」をコントロールできるマイコン式のジャー炊飯器。
1988年IH(電磁誘導加熱)ジャー炊飯器が登場。
現在、おおむね市場の58%をIHタイプの炊飯器が占める。
詳しくは「家電の歴史 ジャー炊飯器」


<おこげ>
おこげはおいしい、という人は多い。しかし現実には、炊飯器でおこげができると、可食部が少なくなるなどのクレームになるという。そのため、炊飯器ではおこげができるのはタブーである。130℃の高温スチームは、おこげを作らず、高温加熱をするために開発された。※今日では、わざとおこげを作ることもできる。微妙なところ、なのだろう。

中華料理の歴史を塗り替える「山田の打ち出し式中華鍋」の奇跡

2007年10月04日

中華料理では、その大半の料理がひとつの鍋の中で出来上がる。
だから、中華鍋は料理人の命だ。
その中華鍋の世界で、高い技術でプロの料理人の圧倒的な支持を受け、中華鍋の歴史を塗り替えたメーカーがある。
現在だけでなく、今までに世界に存在した唯一の打ち出し式中華鍋メーカー、有限会社山田工業所である。
二代目社長の山田豊明さんにお話を伺った。

Guest:有限会社山田工業所 取締役社長 山田豊明さん
中華鍋・山田工業所


【戦後のモノ不足が生んだ奇跡の始まり】
〜素人が「ドラム缶の底」から中華鍋を作る〜

暑い日盛りに、お話を伺いに横浜市金沢区の山田工業所へお邪魔した。打ち出し機の音が響く工場2階の事務所で、2代目社長の山田豊明さんが笑顔で迎えてくれた。早速、会社の生い立ちをうかがう。

「会社創立は昭和32年です。創業はその数年前だと思います。それまで蕎麦屋の小僧だった父が仲間3人で始めました。まだまだ鉄そのものが不足していた時代で、鍋も足りなかったんですね。みんなが生きていくために鉄くずを拾ったりしていましたが、私の父は、ドラム缶の底の鉄板をハンマーで叩いて、鍋を作ることを考えたんです。鉄はなかったですが、ドラム缶だけは豊富にありました。
もっとも、父に打ち出しの経験などまったくなく、本当の素人仕事だったようです。今ならとんでもないことでしょうが、当時はそんな風潮があったのです」

なんと父・久男さんは、ズブの素人からハンマー1本で、見よう見まねでさえなく、手探りで中華鍋を作り始めたのだった。
しかし、持ち前の向上心と丹念な細工が奏功し、鍋は徐々に好評を得、レストランなど業務用を中心に引っ張りだこになり始めた。モノ不足の時代が生んだ奇跡と、呼んで良いだろうか。

「富士山に打ち出し」の山田工業所のシンボルマーク
中華鍋・山田工業所

世界で初めての、打ち出し式中華鍋の誕生だった。
ひとつの鍋を成型するのに5,000回から8,000回も叩かねばならず、微妙な技術と経験が必要とされる打ち出し中華鍋はなかなかまねの出来るものではない。また、熟練しても2人がかりで1日5個しか製造できなかったそうだ。
かくて追随するものとてなく、世界唯一の、打ち出し式中華鍋メーカーとして山田工業所が船出することとなった。

【加熱を自在に旨みに変える】
〜打ち出し式が、中華鍋の新時代を切り開いた〜

中華料理は火力が命だ、と言う。 炒める、揚げる、煮る、蒸すという様々な調理を強い火力で一気に、ひとつの鍋の中でこなす。特に炒めるという調理法は、強い火力で一気に素材の旨味を封じ込めることに持ち味がある。だから「火の当て方」が料理の出来を大きく左右する。「鍋は料理人の命」ともいわれるわけである。
火の当て方をコントロールして、必要なところへ熱を集中させるには、鍋底の表面積を出来るだけ大きくするほうがよい。そのため、底も含めて鍋全体が曲面の方が良いのだという。
しかも全体が曲面であれば、自然に中央部分に材料が集まり、熱を集中させやすい。
いわば、熱を旨味に変えるもの、それが中華鍋である。
中華鍋・山田工業所
プレス鍋と打ち出し式鍋の断面を比べる
中華鍋・山田工業所
これぞ職人技、打ち出しで精密に厚さをコントロールする
中華鍋・山田工業所
そもそもその当時、中華鍋には鋳物のものしかなく、したがって当然に重たく扱いにくいものだった。
形も浅型で、両手のついた広東鍋と、片手の北京鍋の違いがあるだけで深さや曲線のバリエーションは画一的で、「良い形」ともいい難かった。
そこへ、山田工業所の先代社長山田久雄氏が形を自在に調整できる打ち出し鍋を考案して、中華鍋の世界に革新をもたらしたのだ。
この鍋は、いくつもの点で従来の中華鍋と違う特質を持ち、たちまち料理人たちに愛用されるようになり、中華鍋に新時代をもたらした。
その結果、鋳物の中華鍋は姿を消してゆく。
のちに、プレス成型で量産される中華鍋が生まれ、低価格を武器に市場を席巻し、打ち出し式との並存時代が始まるのだが、それは後述しよう。

【打ち出し鍋5つの大切なポイント】
〜これぞ職人技「形」「厚さ」「丈夫」「軽さ」「なじみやすさ」〜

まず、「形」である。
打ち出し式中華鍋は5,000回から8,000回も鉄板をたたいて成型する。気の遠くなるような作業だ。
出来上がった鍋の断面を見せてもらうと、形状は美しい独特の曲線を描いている。鍋をあおって、中の材料を自在に動かすために最適な「形」であり、広い面で火の熱を受けるために効率の良い絶妙な形なのである。
この形に仕上げる職人の技術はプレス式にはまねが出来ないものだ。専門家のオーダーで、さらに微妙に、その人に合わせた形に仕上げることもあるという。

次に、「厚さ」である。
普段使っていても、そうとは気付かないが、断面を見れば一目瞭然だ。部位によって厚みが違うのである。
端の「へり」の部分は、素材の薄板鋼板の厚さそのままで1.2mmだが、湾曲している部分はなんと0.5mmになっている。底の部分は素材から少し伸ばされた程度の1.0mmだ。 この微妙な厚さの変化もまた、山田工業所の独創的かつ精密な「職人技」である。プレス式の中華鍋には出来ない。
火は、鍋の湾曲部分に当たる。その火の力、すなわち熱、を効率よく鍋の中へ取り込むために湾曲部分を薄くしているのだという。つまり、非常に熱効率の良い鍋なのだ。「この鍋を使えば、家庭のコンロの火力でも美味しい中華料理をつくれます」という。
プロの料理人が「なじみやすい」「扱いやすい」と言う理由が分かりかけてくる。

第3に丈夫さである。 何千回もハンマーで鉄をたたくと、その度に鉄の中にある「ス」=空気を叩き潰し、追い出すことになる。丁寧に打ち出すことで、鉄板は「ス」のない、稠密な鉄に変わっている。したがって錆びにくく、強度もある。最近の4万Kcalくらいの高熱量の業務用中華レンジ(ガスレンジ)では、プレス成型の鍋はすぐに焼けて穴があいてしまうこともあるが、打ち出し式の鍋は何十年も使えるとか。
第4に、打ち出し式は、鉄板を延ばして作るので、プレス式の鍋より軽く出来ている。この「軽さ」も、鍋を振り続ける中華の料理人にとっては大切な点だ。

第5は「表面の微妙な凹凸」である。
ハンマーが鉄板の表面にぶつかって出来る「ごくごく微妙な深さ」の叩き痕があって、そこに油がしみこむので、料理の油回りがよくなり、焦げ付きも少ないのだ。
こうして見てくると、打ち出し式中華鍋は、中華鍋としてきわめて優れた5つの大きな特質を持っていることが分かってくる。
しかもこれらはいずれもプレス式では到底望めない、高度な、きわめて高度な「職人技」ならではのものである。

【打ち出し指揮中華鍋の製造工程】
中華鍋・山田工業所
@ 型抜き 大きな鉄板から鍋の形に鉄板を打ち抜く
中華鍋・山田工業所
A 成型(手動式)鍋は台座の上で回転している
中華鍋・山田工業所
B 打ち出しからヘリ慣らし
(周辺の平らな部分=ヘリを鍋の形に合わせて成型する)
中華鍋・山田工業所
C 取っ手加工、サビ止め塗装を経て完成

【一日5個から600個へ】
〜父子で職人技の機械化に取り組む〜
「会社にしたのは、昭和32年でした。当時は2人がかりで、手作業で鍋を打ち出すんですが、1日に5個しか出来ない。これじゃ、とても高い値段で鍋を売らなきゃいけない。まあ、売れてはいましたが、いろいろ大変だったでしょう。
何とか生産を増やして、楽になりたい、というのが願いでした。父が偉かったのは、職人としても良い技術を持っていましたが機械化の必要も感じてすぐに取り組んだことです。だから、父と一緒にやり始めて、すぐに機械化の実現にこぎつけました」
昭和40年になって、最初の手動調整式の打ち出し機ができた。ハンマーは自動で動くが、その強さや、方向は人が常に手動で調整するものだった。まだまだ改良は必要だったが、それでも画期的だった。
熟練職人がハンマーを振るうように、微妙なタッチで直径十数センチの機械用のハンマーを動かす。生産は一気に日産最大300枚にも増え、素人の始めた会社は軌道に乗った。

その記念すべき1号機は今は、餃子鍋の打ち出し機に変わってこそいるが、しかしほぼ原型のまま現役で、社長室のすぐとなりで動き続けている。
昭和47〜8年ごろになると、プレス式の鍋が増えてくる。打ち出し鍋の支持者が減るわけではなかったが、低価格を武器に主として家庭用に市場を広げていくのを見せつけられては危機感が募る。また価格競争に巻き込まれて売価も下がった。
決して自社の商品が売れていないわけではなかった。プロの料理人のほとんどが愛用していたし、どうしてもほしいという声も根強かった。だが、生産量は増やせないので、価格が下がった分だけ売り上げは減ることになる。

「正直言って、プレス式の鍋を作ることも考えなかったわけではありません。しかし、プライドが許さなかった。それに、プレス式に走ってしまっては、せっかくの打ち出しの職人技がなくなってしまい、ただのプレス屋になってしまう。何とか職人技を生かした打ち出し鍋の生産量を増やし、低価格にしたかった」
そこで、豊明氏は全自動方式の打ち出し機の開発に立ち向かう。打ち出し式の職人技を、そのまま再現して自動で鍋を打ち出せる機械にしよう、という不可能とも思える試みだった。
そして幾多の試行錯誤をへて、ようやく昭和55〜6年ごろ「ティーチング機能」を備えた自動型打ち出し機の開発に成功する。これにより生産数は倍増した。
現在、本社工場には6台の「打ち出し成型機があり、うち3台が「自動型」とのこと。生産数はそれでも日産600枚ほどが限界だという。

中華鍋・山田工業所
第1号打ち出し成型機・上部の駆動部分は取りはずされている

【まだまだ続く夢への挑戦】
〜次代のエース「軽量鍋」〜

価格は高価だが、抜群の耐久性と扱いやすさをもつチタン鍋はすでに販売が始まっている。次代のエースか、と目される「軽量鍋」も試作はほぼ完了、強度の検証や価格など、最終のつめの段階で、発売準備に入っているという。
従来の1.2mmの鋼板より薄い0.8mmの鋼板から打ち出すもので、鋼板の素材も変えなければならず、より多い工程と精密な作業が要求されるが、4割ほど重量が軽くなるのだ。
大幅に軽い中華鍋が出来れば、中華の料理人の肉体的負担を、画期的に減らすことが出来るし、家庭でも気軽に使ってもらえるようになる。「夢の商品」ともいえようか。
妥協を許さず、打ち出し式を貫き、技術を革新してきた豊明さんの柔和な笑顔の中には、すでに夢が現実になった姿が見えているのかもしれない。

中華鍋・山田工業所
次代のエースか、と期待される軽量鍋

【鎌倉「凛林」でプロの料理人が打ち出し鍋を語る】
「間に合わせでない」こころで料理を作る
一息ついたところで、豊明さんは「じゃあ行きましょうか」とおもむろに立ち上がった。親しくしている、鎌倉の「凛林」の林訓美オーナーシェフに話を聞きに行こうというのだ。

鶴ヶ岡八幡宮から2kmほどの道のりだ。朝比奈切通しへ向かい、瑞泉寺への参道に入る。 店舗はもはやまったくなくなり、住宅街も山に消えようかという心細さで進むと、細い道に忽然と瑞泉寺の小さな山門が現れる。その、さらに奥まった路地を鍵の手に回りこんで、崖にぶつかり、行き止まりかと思うあたりに瀟洒な住宅を改造した店が現れる。なんとも贅沢なロケーションだ。

中華鍋・山田工業所
テレビなどへの出演も多いスターシェフである林さんは、東京都心や横浜で中華料理店を経営していたが、3年ほど前にこの奥まった地に移ってきた。
「間に合わせる、ということをしないためにここに移った。全て予約のお客様で、その人のために、その人に合わせて料理を作る。また風が良いので、自然に合わせて冬場は庭で干物を干したり、北京ダックを作る。都会では何かと無理をして間に合わせなければならないことが多すぎる」
と語る林さん、豊明さんとは高校の先輩、後輩の関係だという。

【打ち出し鍋は使うほどに「味わい」が出る】
後輩の作る鍋について語りだすと、力がこもってくる。
「一対一で向き合う気持ちで料理を作りたい。そう思ってメニューも考え、鍋も振る。そのときこの鍋は、思うとおりに動いたり、熱を入れたりしてくれる。その一瞬の微妙な動きで『間に合わせ』をしないでいられる。すっかりなじんで、なくてはならない私の一部になっている。

中華鍋・山田工業所
打ち出し鍋を使い続けているが、技術とか厚さとか、そういうことは勿論あるだろうが、われわれにとっては使ったときにうまく使える、なじむ鍋が良い鍋だ。使い込んで手になじむ、長く使える、体の一部、いや、心の一部になってしまうような味わいの出る鍋だね。」

使うほどに味の出る、打ち出し式中華鍋。厳しい職人技が積み重なって、人の心に届く瞬間を見た、ように思われた。

中国精進料理 凛林
中華鍋・山田工業所
鎌倉市二階堂725−4(瑞泉寺山門上ル)
TEL:0467−23−8583
定休日:第一、第三火曜
営業時間:予約制(ご来店前にお電話にてご確認ください)
ランチタイム:11:00〜16:00
ディナータイム:17:00〜21:00(LO19:30)
http://www.kamakura-rinrin.com
料理は中国・福建省の味をベースにした淡白な味付けが特徴。
子息の林清隆氏も一緒に腕を振るう。

林訓美りん・くんび
昭和21年生まれ。築地福新楼を経て上野池之端に、福健海鮮料理「竜虎伝」を開店。平成平成15年より、鎌倉で「中国海鮮料理 凛林」をプロデュース。食品メーカーの商品開発や調理学校などの講師、講演、テレビ出演など幅広く活躍する。

山田 豊明 やまだ・とよあき
中華鍋・山田工業所
有限会社やまだ工業所取締役社長
昭和21年生まれ。昭和39年、大学を中退して山田工業所入社。昭和40年ごろ、手動調整式打ち出し機の1号機開発。昭和55〜6年ごろ、全自動式打ち出し機を開発、実用化。昭和57年2代目社長に就任、現在に至る。


中華料理の歴史と中華鍋
「中華鍋」というものがいつから使われ、今日の形状になったかは、資料が少なく不明な点が多い。
鉄器は漢代には使われていたが、鍋の形状は不明である。
中華料理の歴史上「炒めもの」が登場するのは遥か下って宋代である。コークスの実用化により、鉄の品質改良が進み、鋳造などの方法で「振る」ことの出来る軽量・実用的な鉄鍋の普及がすすんだものと推測される。
山田社長の話によれば、本文に記した通り、日本では鋳物の鍋が使われ、現在のものより浅い形のものであったようだ。


中華鍋の種類
広東料理の譚彦彬(たん・ひこあき)氏の「譚さんの中国料理」によれば、
上海料理:煮込む料理が多く、鍋も深く、鉄の玉じゃくを使う。
四川料理:寒い地方で油もたれもたくさん使い、やはり煮込む料理。 広東料理:食材豊富でさっと炒める程度の料理が多く、浅めの中華鍋で木のへらで、一気に火をいれ、油もたれも少なめ。

食の研究家の平松洋子(ひらまつ・ようこ)氏の「アジアのごはんがおいしい理由」では、
広東鍋:双耳鍋=両方に持ち手が付いている鍋。
北京鍋:北方鍋=片方だけに長い柄が付いている。
タイ鍋:片方に長い柄が付き、反対側に持ち手が付いていて浅い。
韓国鉄鍋:ボンチョル。深くて北京鍋そっくり。
韓国鉄平鍋:チョンゴル鍋。汁気の少ない鍋用。両方に持ち手。



薄板鋼板と軽量鍋 大雑把に厚さ3mm以下の鉄板をさして「薄板鋼板」という。自動車、家電、その他用途が広く、もっともなじみ深い鉄の姿であろう。加工性や、強度により何種類かある。
中華鍋にはさびにくく、加工性の良い「熱延鋼板」が適している。ただし、軽量鍋に使う0.8mm厚では、「熱延鋼板」は規格品にはなく、「冷延鋼板」しか使えない。軽量鍋の開発には、また困難と逸話があるのだが、商品が本格発売前なので、控えざるを得ない。
参考:JFE広報誌バックナンバーより「薄板の21世紀技術


ティーチング機能 「ティーチング機能」とは「一つの鍋を打ち出す全工程に渡って、人間(職人)がしたことと同じことをする機能」であるという。きわめて精度の高い機械メカニズムに支えられた、高度な学習機能(と打ち出し機に教え復元する機能)をそなえたものであるらしい。 それ以上は「企業秘密」とのことで多くは語っていただけなかったが、今日われわれが打ち出し式中華鍋を気軽に手にすることが出来るようになるために、キイとなった技術といえよう。

有限会社山田工業所
横浜市金沢区福浦1-3-29
TEL:045-781-5857
事業内容:業務用打ち出し中華鍋、関連用品の製造販売
従業員数:18名
中華鍋・山田工業所

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