共同幻想論5 それまでの吉本隆明―詩と情況と原理その2

2009年03月15日

原理的思想としての共同幻想論

「情況」の本質的終焉
吉本的「情況」を追えば、その後1959年「社会主義リアリズム論批判」で、「プロレタリア文学運動の批判的検討に見切りをつけ」、つまり「プロレタリア文学」も「政治と文学」も文学には存在しないし、関係ないのだと、独自の文学理論の構築が視野に入った。
安保敗北の一連の流れの中で1962年「擬制の終焉」に至る既存前衛党批判、既存政治思想批判を一応完結させたが、マルクスとは違い「批判」がそのまま新しい思想的パースペクティヴの提出にはつながらず、苦闘していた、であろう。(批判する相手が小さすぎた、のだ、きっと)
吉本にとって、政治はすでに無効を宣言され死滅を宣言されなければならないものに見えていただろう。「政治の季節」=情況もまた本質的に終焉していたのである。(私たちはその、最後の熾き、のようなものに引っかかっていたのだった、ろう。)

反逆から自立と構築へ
この時期情況的に(安保敗北後の新左翼運動や既成左翼への批判的提起として)「自立」の思想が提起されている。だがその実態はよくわからない。(よくわからないからこそ、わたしたちを含めたミーハーを獲得し、濫用された)
情況的に政治的な思想のように、提起されたが、よく読めば、自立とは、何かからの自立ではなく、「他立」一般に対しての「自立」である。(ならば新左翼諸党派や既成左翼への批判などともなわずに、原理的な課題として提起すればよいものを、と、今は思うが、しかし、これが「情況の人」たるゆえんであり、あかしでもあるだろう。)
簡単に言えば、生計を大学などのこの社会の秩序維持派に頼らず、政治的には(情況的には)あらゆる既成の勢力と妥協せず、思想的には既成マルクス主義でない新たな思考の枠組みを構築して「自立すること」であり、私たちはこれを文字通りに、倫理的に、思想的に、生き方的に受け止めようとしてその不可能性に、内心ひそかに、おののいていた。

このとき自立思想の根拠として「大衆の原像を意識に繰り込む」という「大衆の原像」論も同時に提起され多くの影響を持ったが、そのあいまいさがまた議論になった。それは現実の分析から発生したものではないからであり、ほんらいは吉本の内心のものである「詩的絶対性」を言い換えたものである、からだろう。
「マチウ書試論」における「秩序に対する反逆」を「倫理に結びつけ得る」「関係の絶対性」、を社会化しようとして「大衆」に結びつけたものであるからだ。
その媒介項として、親鸞的な「非知」の論理を想定しても、大きくは違わないだろう。

反逆から自立へ、(政治的)情況から(原理的)構築へ、吉本は大きく「転向」した。
しかしなお社会全体を視野に入れた新しい思想的原理の構築は保留され、60年新たに創刊した「試行」では、詩的世界の延長である文学の原理論として「言語にとって美とは何か」が開始された。しかしその内容は「詩的世界の延長」とは似ても似つかなかった。それはまさに「反逆」から「構築」へ立場を変える「苦闘」であったことだろう。
そのままでは、赤裸に、「詩」をもって世界を語った詩人、のすがたであり続けたであろう。(つまり100年以上前に「ユリイカ」に命を懸けたエドガー・アラン・ポー、のように)
(このころの吉本の試みはフーコー的な微細な差異や無意識の読み解きと同期的であり、世界思想を視野に入れていた。が、部分の思考が進化する度合いに応じて、時代の情況と拮抗する思想の「関係の絶対性」は薄められていったであろう。正しくは、1958年ころに、時代に詩的絶対性を対置する「関係の絶対性」=秩序総体への反抗の心情を括弧に入れたからこそ、時代と詩的絶対性との距離を「政治状況」的な「情況」によって埋めることで「現実社会に相渉り」、さらに、「知」の深みに安住の場をみいだした、というべきであろう、か…。)

吉本思想の転回とマルクス思想
1964年の、マルクスについての論考の機会は、救いでもあり、転機だったのではないか。
「図書新聞」に掲載された「マルクス紀行」は、吉本に「思想の根源」としての「マルクスの自然哲学」の再発見と、吉本にとっての(この時点での)ほぼ唯一の思想的同行者「マルクス」の発見をもたらした。
講談社「世界を動かした人びと 1 世界の知識人」の1項目としてかかれた「マルクス伝」で、吉本はその後の思想的地平を開く「共同幻想論」の着想を得た。

  『資本論』の理解はそれほど困難ではない。かれがその基底を置い
  ている<自然>哲学は、『手稿』と少しも違っていないのだ。ただ、
  かれがあらたに考察の軸として導きいれたのは。自然史の過程とし
  ての歴史哲学であった。そしてかれがもっとも難渋したのは、いか
  にして、<自然>史学としての歴史哲学を、かれ自身の主体的<自然>
  哲学と接着させるか、という点であった。
    「カール・マルクス――マルクス伝」

まさしく、歴史や社会やから、個人の精神や、自らの詩的な論理と倫理までの「幻想性」を原理にまで還元する原理的思想としての「共同幻想論」や「心的現象論」や「言語にとって美とは何か」を、主体的な立場としての詩的な倫理と論理、つまり「反逆の倫理」=「詩的絶対性」とどう接着させるか、という、以降の吉本の課題が語られている。

  かれのもっとも見事な考察は、‹法›、‹国家›は社会から幻想の共同
  性として抽出されて社会の外に立ち、それが‹法›という普遍権力によって
  社会と対立する、という点であった。
    「カール・マルクス――マルクス伝」

このとき、「共同幻想論」ははじめて、その構制を現す。
すなわち、マルクスの自然哲学を基底において、マルクスが「ドイツイデオロギー」「経哲」で完了させた「幻想領域」についての論考を現代的に再構築することこそが、「擬制の前衛」終焉後の、新たな原理的構築でなければならなかった。


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Posted by 元塾講師中里によるアフィリで楽しく毎日が給料日 at 2009年03月17日 08:14
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