共同幻想論2 思想の根源としてのマルクスの自然哲学から

2009年02月27日

共同幻想論は、マルクスの自然哲学(疎外論)を読み込んで書かれた人間の観念に関する体系である。

■「カール・マルクス」における吉本隆明

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マルクス思想の3つの流れ

吉本隆明がマルクスを扱った論考は主要には「マルクス紀行」と「マルクス伝」の2つである。いずれも「共同幻想論」発表開始2年前の1964年に書かれている。これらの中で吉本隆明は、当時流布されていた「弁証法的唯物論」と「唯物史観」のロシア的マルクス主義からは想像もできない、一人の人間的思想家マルクスの「情熱と方法との相関の場」の核心から、「隣にいるような」活き活きしたマルクス思想をつむぎだした。もちろん、吉本の理解が正しいのである。

「マルクス紀行」は1964年にかかれ、マルクスの思想形成を3つの流れに分けて「紀行」して、明晰に取り出している。

  「私の現在の理解では、マルクスの思想体系は、二十代の半ばす
  ぎ、一八四三年から四四年にかけて完成された姿をとっている。こ
  れは『ユダヤ人問題に寄せて』、『ヘーゲル法哲学批判』、『経済
  学と哲学にかんする手稿』によって象徴させることができる。
  〜略〜
  これらの論策で、マルクスは、宗教、法、国家という幻想性と幻想
  的な共同性についてかんがえつくし、ある意味でこの幻想性の起源
  でありながら、この幻想性と対立する市民社会の構造としての経済
  的なカテゴリーの骨組みを定め、そしてこれらの考察の根源にある
  かれ自身の<自然>哲学を、三位一体として輪のようにむすびつけ、
  からみあわせながら一つの体系を完結したのである。
  〜略〜
  いま、かれの、全体系をたどろうとするものは、たれも、かれの思
  想から3つの旅程を見つけることができるはずである。
  ひとつは、宗教から法、国家へと流れくだる道であり、
  もうひとつは、当時の市民社会の構造を解明するカギとしての経済
  学であり、
  さらに、第三には、かれ自らの形成した<自然>哲学の道である。
  (「カール・マルクス」『マルクス紀行』)

ここには、すでに「共同幻想論」のありかを見定めた吉本隆明がいる。吉本は「市民社会」を喫緊の課題として資本論にいたったマルクスに対して、「幻想性」を根拠とする思想をつむぎだそうとしていた、であろう。まさしく歴史的過程と幻想の過程は「逆立」するようである。
そして、吉本からみえるマルクス思想の「根源」は自然哲学である。

つまりマルクスはまず「自然哲学」において、その思想の方法を獲得して、その後の「宗教から、法、国家」の考察にこれを展開し、さらに経済学へとと展開した。

思想の根源としてのマルクスの自然哲学

マルクスは1841年、24歳のとき学位論文「デモクリトスとエピクロスの自然哲学について」学位を取り、社会へと出発した。青年マルクスは流れ的にも、自然哲学から出発したのである。
吉本隆明のマルクス自然哲学の「紀行」は、マルクス哲学の高度な抽象度において、高度に抽象的であり晦渋である。
吉本によるマルクス自然哲学の形成は以下のようである。

  (エピクロスの哲学の)第一に、<霊魂>が微細な物体であるという概念、
  そして第二にこの物体が身体にくまなく分布され、かこまれている
  という概念は、自然が人間の<非有機的身体>となるところに人間の
  本質があるというマルクスの<疎外>の概念を生きたままうつしてい
  る。
   (「マルクス紀行」)

(「うつしている」のは現実にはもちろん、エピクロスでなくそれから2000年後のマルクスのほうである。吉本は、無論マルクスを読み、マルクス理解のためエピクロスを読んだのである。)

わたしなりに翻訳すると、以下のようである。

「霊魂」とはエピクロスにあっては、人間のもっとももっとも大きな感覚の要因である、とされているもの、感覚の源泉である。感覚とは「知覚」とか「感性」とかであって、モノや自然やの対象を感じるものである。したがって霊魂とは人間によって感覚された対象的な(対象的、とは人間が、じぶんの活動の対象として自分のもののように取り扱うことが出来る)自然であり、人間的な自然である。人間的な自然は、人間の、すでに身体の一部である。
マルクスは、これをほぼそのままマルクス的に言い換え、「自然が人間の<非有機的(=意思のない)身体(人間の一部=人間的自然=人間にとって有用なもの=「価値」)>となるところに人間の本質があるといっている。
そして霊魂によって「身体がくまなく囲まれている」という概念は人間が自然から逃れられない〜自然の秩序の中でしか生きられない存在であることを示している。

これを、簡略化してしまえば、人間は自然を自分に取り込んで、食べたり、衣類にしたり、住居にしたり商売にしたりして生きている。一人ひとりがじかに自然を取り入れそのようにしていればこれが人間の、本来的な姿である、ということになる。しかし、そのとき人間は自然の内部にあって、その強い制約の中でしか生きられないものである。

(あえて平易にするとみもふたもないのは、抽象というものの力、が効かないからであろう)

(人間の本質とは、マルクスの用語では「類」または「類的本質」とされ、「単なる固体」ではな「客観的な普遍」、つまり人間のあるべき姿を意味する。それは解放された自由な存在であるとされる)

(詳細な説明なしに、哲学の教養らしい教養もないわたしたちには到底理解でるようようなものではなかった。それは今も同じである。ただ、昔よりは多少忍耐強く、多少人間というものを見限っているだけである。こんな箇所に拘泥するより、この項最後の吉本のまとめや、次項のマルクスのじかの言葉のほうがよほど明快にすがすがしいように思われる。
つまり、出来上がった結論から先に見るほうが、である。)

ここから、マルクスはフォイエルバッハによって、自らの「自然哲学」を完成するがこのプロセスには、マルクス哲学の核心である、劇的で感性的な飛躍と逆説(相互規定性)が含まれている。
吉本に拠れば、以下のようである。

  もし、ここにフォイエルバッハによってつきつめられた「動物はた
  しかに固体としては自己に対象的になっている。それ故にこそ動物
  は自己感情を持っているのである。しかし、動物は種族としては自
  己に対象的になっていない」という、意識の自然性と人間性につい
  ての洞察を接ぎ木するならば、<霊魂>、<物体>、<身体>、人間の<
  意識>の普遍性という連鎖の中で、マルクスの<自然>哲学としての<
  疎外>、いいかえれば、<非有機的身体>と<有機的自然>との関係は
  おのずから形成されることを知ることができる。かれはフォイエル
  バッハ』を現存性の踏み台として、エピクロスの自然哲学を、徹底
  したすがたで蘇生させたのである。
    (「マルクス紀行」)

      
    若し植物が、眼、趣味、判断力を持っていたとしたならば、ど
    の植物も自分の花こそ最も美しい花であると断言するであろ
    う。なぜならその植物の悟性やその植物の趣味はその植物の本
    質の生産力以上には達しないだろうからである。
      (フォイエルバッハ「キリスト教の本質」)
  ひとは、たれでもフォイエルバッハのこの洞察が、ほとんどマルク
  スと紙一重であることをしることができるはずだ。
    (「マルクス紀行」)


    
マルクスがフォイエルバッハを踏み台にして手に入れたもの、とは「種族」という概念を拡張した「類」という概念である。または「類的存在としての人間」、という概念である。
吉本は、マルクスはエピクロスの死の考え方に影響を受けて、「死」と「類」とにこだわっていたのだという。わたしには、マルクスの死についての理解がどこからきたのかは明証的でない。確認できるのは、フォイエルバッハが用いた「種族」という概念を、マルクスが「類」にまで拡張し、昇華したということである。
    

  類的生活は、人間にあっても動物にあっても、肉体的にはまず第一
  に人間が(動物と同じく)非有機的な自然によって生きていくとい
  う点に存するのであって、人間が動物よりも普遍的であればあるほ
  ど、人間がそれで生きていく非有機的な自然の範囲はますます普遍
  的である。植物、動物、、石、空気、光、等々はあるいは自然科学
  の諸対象として、あるいは芸術の諸対象として、理論的に人間の意
  識の一部をなしている――
    (マルクス「経済学哲学手稿」第一手稿『疎外された労働』)

非有機的な、つまり意思を持たない自然に働きかけて、「自然の産物のみによって」、人間に有用なもの=すなわち価値を生み出し、肉体的に生きていく点では動物も人間も同じだ。
ただ人間は「普遍的(=たんなる固体でない客観的普遍)」であることによって、科学や芸術といった精神の営みでも自然を人間の一部に取り込む、つまり精神の対象としても自然を扱い、科学的または芸術的に有用なもの=価値を生み出してゆく。
すなわちそのような「普遍」的な存在としての「類的」生活の中にこそ肉体的にも精神的にも人間的な本来の生活はあるのであって、逆にいえば、生物的な「種族」ではなく「普遍的な類」であることが人間的本質なのだといっている。

「類」とか「普遍」とか言う用語が、ほぼ人間としての本来の姿、というような意味に使われる。
しかし、「類」であることは死においては以下のように現れる。

  しかし特定の個人とは、たんに一つの限定された類的存在にすぎず、
  そのようなものとして死ぬべきものである。
    (マルクス「経済学哲学手稿」第三手稿『私的所有と共産主義』)

死は、いったいどのようであるか、という考究を通じてマルクスは「類」という概念にいたる。
「類」とは上記のように、たんなる人類の一員ではなく、「客観化された普遍」であり、自由な存在、ある。

吉本の解説は以下のようである。

  <かれ>の個体が<死>ぬと、<かれ>と<自然>とのあいだにあった<疎
  外›関係は、いいかえれば<かれ>が自然をかれの<有機的身体›とし、
  かれ自身は自然の‹有機的自然›となるという関係は一つの空孔をもつ。
  この空孔は、たれか他の人間の‹自然›との‹疎外›関係によって空席
  をうずめられるはずである。そういいたくなければ‹かれ›の個体の
  死は、必ず他人に影響をあたえるはずである。〜略〜‹かれ›の死
  は、必然的に他人にとっても恐ろしさや悲嘆の妄想となってはねか
  えってくる。マルクスの‹自然›哲学では、‹自然›を媒介にして‹か
  れ›と他の人間とはぬきさしならぬ関係、つまり‹疎外›関係として表象されるのである。

一通りのことはこの説明で了解はできる。しかし、この説明では、追究されるべき‹疎外›概念が既成のものとしてあるようにみえる。明晰さがあるとはいいがたい。

思うにエピクロス自然哲学を背景に、フォイエルバッハ「キリスト教の本質」を検討する中でマルクスは、人間のあるべき姿を宗教の外、にもとめた、であろう。
宗教の外、とは人間を救済するが、現実の支配秩序でもあるところの、あるべき人間への桎梏と化した「宗教」、という「共同幻想」の外である。
すなわち世俗の世界である「市民社会」である。
世俗の社会での人間(の本質)は、自然をじかに我が物とし、そのことによって宿命的に受苦的な生を(自然との疎外)、それでも自分を頼って自立的に、生きる普遍化された存在、すなわち「類」的存在としての人間である。これが、本来的なまたは原初的な人間の姿である、と感知されたであろう。
(だからこそ、完成された自然哲学をもって、マルクスは「共同幻想」ではなく市民社会の、自然への働きかけの仕組みであるところの「資本」の解明、へと向かう以外の道を選ばないであろう。)

このような市民社会においては、人間は「類」的存在であり、個人の感情や意思とはかかわりなく、「類」として、死ぬのである。あるいは死において「類的本質」であるほかないこととなる。
このとき、本人や他人の「感情」や「思い」は捨象されている。それらを救い出すことはまた別の、すなわち「幻想領域」を扱う共同幻想論の(または自己幻想としての文学や、「性的関係」としての家族や生活共同体の)課題である。

(マルクスには「自己意識の無限性」の表象である宗教は観念の世界の堂々巡り=循環論法でしかない、と感じられたであろうか。しかしじかに人間の本質が現れる「市民社会」=「資本」の世界においても、「貨幣」という「非対象的な化け物」(「経哲草稿」『ヘーゲル弁証法および哲学一般の批判』)が待っていたのだ)

(吉本はやや強引に‹関係›概念を導入したがっているようにみえる。それは詩から出発した吉本が観念の世界を救出しようとしているようにみえる、のである)

完成されたマルクス自然哲学は吉本によって以下のようにまとめられる。

  全自然を、じぶんの<非有機的肉体>(自然の人間化)となしうる
  という人間だけが持つようになった特性は、逆に、全人間を、自然
  の<有機的自然>たらしめるという反作用なしには不可能であり、こ
  の全自然と全人間との絡み合いをマルクスは<自
  然>哲学のカテゴリーで<疎外>または<自己疎外>とかんがえたので
  ある。
   (吉本隆明「カールマルクス」『マルクス紀行』)

完成された姿は美しく、むしろとてもわかりやすい。

あえて、わたしの言葉にしてみれば、以下のようである。

人間は生きていくうえで、自然を活用し加工し自分のもの(=価値)にしていくことにより普遍的な本来の自分(類的本質)を実現し、希望を持てる。ただし、だからこそ、人間は逆に自然によって制約される。(つまり自然にたよることとなり、様々や制約や矛盾がおきる。自然災害によって苦しめられたり、自然破壊を引き起こしたりする。)

人間はもともとそのような両義性(矛盾)に満ちた、ある意味「受苦的」な存在である、というマルクス思想のもうひとつの核心が、そこにはある。

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