■藤本敏夫著、加藤登紀子編著「農的幸福論 藤本敏夫からの遺言」その1 68年の最高潮と最深部の「良心」

2009年10月29日

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藤本敏夫は68年7月三派系全学連委員長になり、60年代後期の学生叛乱の最高潮期を担ったが、実質的に主導したとはいえないだろう。藤本は党派的世界には無関心な、ある意味68年の無垢な良心のような人であった、だろう。
赤軍派の塩見孝也は1941年生れ、戦旗派の荒岱介は一年下の1945年生れ、でいずれもノンセクトラジカルをになった68年全共闘世代(団塊の世代)の直前に位置する人たちである。
私が大学に入り東京へ出てきた1973年ごろ、藤本敏夫は「加藤登紀子の夫」として名を知られていたが、「遅れてきた」私たちにとっては、はるかな前世代の人で、「別な世界」へ行ってしまった人であった。

68年10.8の羽田闘争や10.21のブント防衛庁闘争などで11月7日逮捕投獄後、69年6月16日保釈後、69年7.6ブント分裂(赤軍派の結成―ブントの分派闘争)の大ゲバルトに接して運動から離脱。長崎県平戸に逃亡? その後新左翼政治運動とはほぼ絶縁していたといってよいであろうか。
1972年4月実刑判決、5月獄中で歌手の加藤登紀子と結婚、この人の特異さがよく出た結婚。
76年「大地を守る市民の会」(その後「大地を守る会」と改称)を設立、会長に就く。77年株式会社大地設立、社長に就く。
1981年千葉県鴨川市に移住。「似非百姓」として農業を試み「鴨川自然王国」設立。
1992年「希望党」をつくり参院選出馬。99年農水省諮問委員「持続循環型農業」を提案。
2002年5月農林水産大臣に「建白書」提出。7月31日死す。58歳。

セクト化する新左翼運動をみてさっさと絶縁し、独力で思考をかさねて「自然」にまで解消される人間の深みにまで立ち返り、そこから立ち上がろうとした、その足跡は、「自己否定」の精神を貫徹したという点で68年の良心そのもの、と言ってもいいかもしれない。
あるいは68年の良心的現実派の非凡だがそれゆえ凡庸な現実態、とでもいうべきなのか。いいや、私に、評価がましいことをいう根拠も権利もなにもない。生きることより、生き方、が大事なのだ。「生き方」は定立しないものであり、評価を拒むものだ。評価を超えるもの、であるかもしれない。
わたしたちはみな、そこへ行こうとしているのかもしれない…。

1971年ころの藤本の「自然」や「自然と人間」についての認識は、すでに40年近くを経てみると、現在のわたし(たち)の理解を先取りしている。感嘆せざるを得ない。
そのころの藤本敏夫に会えていたなら…、と自堕落な自分の経歴を情けなくも思ってみたりする。
しかし、1992年の参議院立候補や、2002年の農水省への「建白書」などは暗澹とした気持ちにさせられてしまう。一体そんなことに何を期待していたのだろうか。
農水省にも農協にも、個人的に話せば、話が通じるような気になる人はいる。私も1983年ころ、うっかり「野菜の日」なんていうイベントを農水省後援でやろうとしたことあった。
(結果は思想的には無論、経済的にもさんざんであった。それにはこちらにも、未熟という要因があったことももちろん含まれるが…)

個人的には「良い人」であっても(人間はよほどのことがない限り個人的には「良い人」であるほかない)国家権力を背景に、「補助」や「推進」を考えた瞬間に、人は「国家」を僭称する。「行政」である瞬間に人は個人を裏切らざるを得ない。(「資本」や「利益」を背景にしても同じだ)
ましてやこのクニの「農」の特殊性を慮るに、国家権力は徹底して「農」から否認され、徹底して自己否定するという通路を経ずして、「農」に出会うことはできないのだ。逆に「農」は徹底して国家を否認し尽くすところにしか自身を明示できない。
藤本ともあろうものが何故…と思ってしまうのは、田中清玄や今西錦司への傾倒も含めた、そこのところだ。

藤本敏夫という、68年をその最高潮で担い、最深部で受け止めたであろう、「68年の良心」とも呼びうるすばらしい実践者にして思想者について、できうる限りで、今のうちに、考えておきたい。
(わたしは高校2年生ころ=1971年ころ、初めて自分で高価なLPレコードを買ったが、それは加藤登紀子の「美しき5月のパリ」であった)

     ※     ※     ※

藤本敏夫著、加藤登紀子編著「農的幸福論 藤本敏夫からの遺言」角川文庫15671 2009年4月25日705円+税

目次
まえがき 加藤登紀子 6
第1章 人間はこの時代に生きられるのか
    生産力という神話 12 
    自然の破壊 23 
    人間の破壊 36 
    われわれは何に立脚するのか 56
第2章 農的幸福論
  T 21世紀型ライフスタイル『農的生活』 72
    消費者から生活者へ、そして農的生活へ 72
    共同体とは人間と社会と自然の生活の流れ 74
    どの職業にも「専業」はなかった 77
    自己能力の開発の実感 80
  U 自然王国の自給ごっこ 84
    自然王国の農林省 84
    大豆を国王の座に 88
    厳粛な儀式 93
    「食」の本当の意味 99
    田んぼ奮戦記 104
    草取り隊の総括 109
    稲刈りの充実感 112
    鴨川の共同態 115
    村の夏祭り 121
第3章 僕の少年時代は幸せだった 
    「現場」に聞け 128
    貧困と幸福の幼年時代 145
    少年時代の儀式 160
第4章 藤本敏夫が残したもの 加藤登紀子 188
第5章 農村回帰の時代 対談 甲斐良治vs加藤登紀子 236
あとがき 加藤登紀子 259
藤本敏夫 年譜 263





■大塚久雄「共同体の基礎理論」3 資本主義に変わる新しい「富」のパラダイムへ自由と共同への「直接性」を幻視する

2009年10月28日

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成長期にのみ有効だった「共同幻想」という残存原始共同態への視角

続けて、大塚はこのように書き添える。

  ついでながら、「共同体」という基盤の上に築かれている社会諸関
  係が、何らかの形において、つねに「経済外的」な性格を帯びて現
  れてくることは周知のとおりであるが、この事実がすでにそうした
  「共同体」のもつ原始的な性格のうちに深く根ざしているというこ
  とをも、ここで念のために記憶に止めておきたいと思う。
    ――P28

ここには、状況的な問題意識を深めて普遍的課題に行き着いた、というような、日本封建遺制を論理的に追いつめていく思想の言葉がある。「近代」=個人=自己意識は、必ず遭遇しなければならない、真の「敵」を見出した、というように。

大塚(1907年生れ)の「次(丸山真男は1914年生まれ)の次」の世代に属する吉本隆明(1924年生まれ)は「原始共同態」の上に築かれている「経済外的」な社会諸関係を「共同幻想」として取り出し、「国家」も「法」も、その他の社会的強制力も「共同幻想に過ぎない」と言い切った。
背景には1951年の朝鮮戦争特需から一気に成長軌道にのり、1960年代の「高効率」な「高度成長期」最盛期にいたる日本資本主義の成長による「富」の顕在化があった。その原動力はまさに近代的個人の桎梏たる、「原始的共同態」であったであろう。
「原始共同態」が年功序列や生涯雇用(保障)をそのまま「カイシャ共同体」に移行し、「カイシャ」は労働者にとって、運命共同体として認識される、巨大な呪縛であった。また地域共同体は、押し黙り閉じこもる「核家族」へと解体されてゆく。社会全体でも「原始共同態」の秩序がそのまま封建的な遺構を強く残す「社会秩序」にスライドして、「田の神」は「末は博士か大臣か」という権威主義や上昇志向に「平行移動」した。
しかしながら、そこでは、「富」は大地=自然からではなく「商品」=市場からもたらされるものであった。いや、「市場」という「新しい富の基底的形態」こそは、無限に、幾何級数的に拡大する富を生み出し続けるという、「救済者」または「絶対者」であっただろう。
何たるいびつな光景だろう。われわれの資本主義近代は、「市場」という下部構造の上に「前時代の共同態秩序」(上部構造=共同幻想)を接木したものだった。

言いかえれば「原始共同態」が資本主義の成長を支えている間にかぎって、当の「原始共同態」こそは「個人」にとって最大の桎梏であり、思想的な解体の対象であったのだ。

資本主義の成長こそが残存共同態を含む破壊的資本主義を死滅させた

日本資本主義は1960年代の高度成長期、その後の1970〜80年代の世界資本主義の形成期を通じて、製造業の実用的商品力と大量生産技術で世界的競争力を獲得し、富を加速度的に増殖すること=経済成長すること、というその本来性において自己を実現した。
その後「近代」の最終段階、すなわち産業資本主義から自分の足を食らうように自己増殖する金融資本主義へ、さらには「大地」=「地域」を越えた世界資本主義へと転移し、「桎梏」の汚名を着せられた「原始共同態」はわずかに企業や協同組合や運動に保存されるほかには、きれいさっぱり解体し家族から地域からも消尽したが、「自立した個人」の「自由な連帯」も「相互扶助的なコミュニティ」もいっこうに「孤立した個人」を救いには来なかった。

あげくの果てに、世界―日本資本主義は1991年「土地と金融バブル経済」、2000年「ITバブル」、2008年「グローバル資本主義の金融バブル」と、本来商品にしてはいけないものを「商品」化するという、「生産」の倫理破りを3度も犯し、その都度必然的に壊滅的に破綻し、ついに「富」の生産や顕在化の土台としての「商品」=市場、すなわち近代的個人は存亡の危機に瀕しているといわねばならない。

資本主義の成長こそが残存共同態を含む破壊的資本主義を死滅させたのであり、同時に個人の富の(自然存在としての本来の)基底的形態たる原始的共同態という外枠も死滅させたのである。

資本主義に変わる新しい「富」のパラダイムへ
自由と共同への「直接性」への幻視のとき


資本主義がもたらしたものは「共同体の果てるところ」に生まれた「市場」が生み出す新しい「富」であったが、破壊したものははるかに大きく、自然の「富」すなわち「生命」の「基盤的形態」の破壊であったといえる。その意味では資本主義と資本主義的に生きる人類は巨大爬虫類と同じく、自己意識に欠け、自己制御も共同的コミュニケーションもできないことによって自らの生存条件を破壊し、破滅にいたるべきもの、であるといわねばならない、であろう。

今日、人間はその「富」の根拠を再び自然=大地に移そうとしている。
それは近代=資本主義的生産-商品-市場-個人-自由というパラダイムが、新時代=(新しい共同体生産+資本主義的生産)-(新しい協同の富+商品)-(新しいコミュニティ+個人)-(連帯+自由)というような新時代のパラダイムに変換される時代であろう。
しかし「新しいパラダイム」はまだ幼く、用語すら(個人のうちにすら)「共同態」化していない。
わたしたちには、いまだに、自立的な諸個人(自由性)が、存在論的根拠からそのまま直接的に(「直接性」をもって)、自由な共同態または共同性へと相渉る道がないのである。
わたしたちは、大きな障害が消滅したあとでも、なおその「道」を「幻視」している。

    ※     ※     ※

■大塚久雄「共同体の基礎理論」岩波現代文庫2000年1月14日第1刷2007年8月3日第6刷、原本1955年7月

目次
 改版に際して
 第一版はしがき
第一章 序論  1
第二章 共同体とその物質的基礎  9
  一  土地  9
  二  共同体  23
第三章 共同体と土地占取の諸形態  61
  一  アジア的形態  61
  二  古典古代的形態  81
  三  ゲルマン的形態  115
解説 姜尚中  159

■大塚久雄「共同体の基礎理論」2 人間の根源的な実存的諸条件としての共同体

2009年10月27日

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「実存諸条件」の根源としてのマルクス自然哲学

続けて、マルクス「資本制生産に先行する諸形態」からこのように補足する。

  原生的な部族共同体は…彼らの生活およびたえず再生産される対象
  的活動の客観的諸条件の占取の第一の前提である。
  労働主体が自然的個人であり、自然的定在であるごとく、彼の行動
  の最初の客観的条件は自然、大地として、彼の非有機的肉体として
  現れる。
  大地は労働手段のみならず、労働素材を、さらに共同体の居住地、
  基地をも提供するところの大仕事場であり、武器庫である。人々は
  共同体の所有としてのそうした大地に素朴に関係する。
  〜略〜
  生産の原始的諸条件は…根源的にはそれ自身生産されたもの―生産
  の成果ではありえない。…生きた活動的な人間と自然的な非有機的
  条件との統一。…労働自体が…生産の非有機的条件として、家畜と
  並んで、あるいは大地の付属物として、その他の自然物の系列のう
  ちにおかれることとなる。言いかえれば、生産の原始的諸条件が自
  然的前提、つまり生産者たちの自然的な実存諸条件としてあらわれ
  ることは、あたかも彼の肉体が、彼によって再生産され発展せしめ
  られるにもせよ、根源的には彼によって措定されたものではなく、
  むしろ彼自身の前提となっているのと全く同様である。
   ――P13

根源的な人間と自然との関係、マルクスの自然哲学の確認である。
大地は、つまり自然は、人間にとって「贈与」されたものとして前提であると同時に、対象であり、「大仕事場」であり「宝庫」であり「武器庫」である。また人間が再生産していく当のもの、である。
人間と自然の関係は、「生きた活動的な人間と自然的な非有機的条件との統一」として存在してゆくという、「実存諸条件」として「根源」である。

「残存する外枠」としての「原始的共同態」

また前近代=共同体的生産=共同体的生産物に対して、近代=資本主義的生産=商品、というパラダイム対比の中で「生産関係」の歴史的変遷が概括して語られる。

  そのような「原始共同態」はそれを構成する諸個人が「大地」の諸
  断片を占取しつつ生産活動の中心を次第に農耕に移すにつれ
  て、単なる「原始共同態」から次第に「農業共同体」へと移行する
  にいたるのであるが、そのさい、多かれ少なかれ歴史的所産である
  種々な人為的変容をうけつつも、その根底になお長きにわたって
  原始共同体」という「原型から持ち込まれた諸特徴」すなわち
  「共同組織」をなんらかの形で残すことになるのであって、この
  「共同組織」を根底にもつ社会関係こそが「共同体」なのであり、
  またそうしたいわば原始的事態を残しているかぎりにおいて、「共
  同体」は「共同体」でありうるのである。――P26

  (生産諸力の発達段階に照応した)形態上の段階的相違はあるにし
  ても、社会関係の基本が「共同体」の形態をとっている限り、その
  根底には、ともかくつねに原始的な共同態が何らかの形の「共同組
  織」として生きのびており、その集団性のいわば外枠を形づくって
  いるといわねばならない。――P26

「共同体」の「外枠」として残る「原始的共同態」こそは、一連の日本近代の民主化運動、大正デモクラシー〜戦前民主主義と戦後民主主義革命を敗北せしめた「日本封建遺制」=「村落共同体的タテ関係」の強大な力であっただろう。
大塚は、この桎梏としての「共同体」を人間の根源的な実存的諸条件にかかわるものとして見据えていた。


    ※     ※     ※

■大塚久雄「共同体の基礎理論」岩波現代文庫2000年1月14日第1刷2007年8月3日第6刷、原本1955年7月

目次
 改版に際して
 第一版はしがき
第一章 序論  1
第二章 共同体とその物質的基礎  9
  一  土地  9
  二  共同体  23
第三章 共同体と土地占取の諸形態  61
  一  アジア的形態  61
  二  古典古代的形態  81
  三  ゲルマン的形態  115
解説 姜尚中  159

■大塚久雄「共同体の基礎理論」1 「近代的個人」にとっての「共同体」の理論と現実

2009年10月26日

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学生時代に次いで、たぶん2度目だが、1回目の記憶はほとんどない。筆者の問題意識(=シニフィエ≒自己表出)が理解できずしたがって、「書かれたこと」(=シニフィアン≒指示表出)を、そのまま字義通りに受け取っていたにすぎず、すなわち何一つ理解していなかったのだ。アジア的とか古典古代とかゲルマン的共同体といった述語を単なる、中世とか古代というような時代区分のように受け取っていたように思う。
理解する下地は、それなりにはあったと思うが、こちらの問題意識があまりに幼く、すなわち真の思想とか知識というもになっていなかったのだと思う。

今回読んでみて、ことんと腑に落ちたことがいくつかあった。
書き抜いておくとしよう。
全体的な内容としてはマルクス自然哲学とヴェーバー社会学を全面的に援用しながら「共同体」の本質的な理論の確認である。

「近代的個人」にとっての、自然=大地に根ざすものとしての「共同体」の理論と現実――桎梏としての前近代

  (マルクス「資本論」の第1部冒頭では)「商品」との対比におい
  て、いわば間接的にではあるが、資本主義以前の社会においては社
  会の「富」がそれ(※「商品」)とまったく異なった原理規定の下
  にあること、そしてそれを支える生産関係が「共同体」にほかなら
  ぬこと、が指摘されている。
   〜略〜
  念のためにいえば、このようなばあいにおいても、部分的には、つ
  ねに多かれ少なかれ何らかの形での商品生産をともなって現れはす
  る が、そうした商品生産は「共同体」という主要な関係に対して
  「一つ の従属的な役割を演ずるにすぎない」のである。
    ――P10 第2章共同体とその基礎 1 土地

ここには、近代的な個人にとって桎梏であるほかなかった「共同体」の尻尾を捕まえようと勇躍する精神がある。

資本制生産に先行する社会では商品生産は(共同体的生産に対して)「従属的である」とするマルクスの指摘を、『「共同体」という主要な関係』があると読み替えたとき、目の前に日本資本主義がその内部に併せ持つ強大な「アジア共同体」的くびきが立ち上がってきたであろう。
また「多かれ少なかれ」商品生産は、共同体的生産関係にともなって現れるなら、商品生産の社会=資本主義社会にも「アジア的共同体」は「多かれ少なかれ」、必然的に、含まれうる、ではないか。

資本主義国として発展しながら個人意識や民主主義の成長が遅く「民主主義」や「個人」の自立的な意識は、封建的家父長制的な意識や制度を濃厚に残す日本社会の「特殊性」に、打ちひしがれてきた。資本主義は、むしろ強大な「原始的共同態」を支配共同体へと「すり替える」ことによって、非常なほどに効率的に発展することができたのだし、「戦前」の急速な超国家主義への収束は無論、2.1スト以降急速にしぼんでいく「戦後革命」と「戦後民主主義」の運命もまた、強大な「アジア的共同体」の「残滓」の力に打ち負かされることであると思われた、であろう。

また、「共同体」形成において「土地」の重要性を次のように述べる。

  (マルクス「資本論」第3部においては)そうした諸社会(=資本主
  義以前の諸社会)においては、他ならぬ「土地」Grundeigentum
  が、多かれ少なかれ、そのうえでおこなわれるあらゆる労働のため
  の包括的な「主要な生産条件」をなしており、それに照応して「土
  地」はその中にあらゆる種類の労働生産物をその「自然的形態」
  のままで、したがってそうしたすべての個別的な「富」をその「特
  殊性において」「直接に」包み込んでいるところの、「富」の包括
  的な基盤―あるいは原基形態といってもさしつかえなかろう―とし
  て現れている、というのである。
    ――P11第2章共同体とその基礎 1 土地

共同体とは土地(大地)に根ざすものである。そして大地は人間の富の「原基的形態」である。
そして「共同体」を基本とする社会では、人間は大地(土地)を離れては生きてゆけない。ここまではよい。

近代合理主義=戦後民主主義の立場からは、資本主義の発達に見合った「合理的理性」=近代的個人の確立が望まれ、「共同体」は、前時代の遺物(日本封建遺制)として桎梏でしかなかったのだ。

「土地」を離れた、連帯なき孤立と分断の近代

大塚も丸山真男も、もちろん「近代的個人」は、それとして確立しつつ、前近代的共同性を脱し、自立的な個人として互いに、真に尊厳に満ちた「新しい連帯」を構築するべき主体として認識されていたであろう。

しかし、現実には、近代的な個人は、「共同体」の崩れ去ったあとに、他者との通路を再建することなどできもせず、「社会的諸関係」から疎外されるものとしてたち現れた。すなわち、共同体の廃墟に立つ、孤立し分断され、コミュニケーションを失った被害者であり、死にいたる存在、として。

「近代資本主義」の時代にいたったとしても、人間は地球上に生存する以上は、自然=大地を離れては生きて行けないことは、恐竜の過剰増殖が自らの生存条件を破壊したように、資本主義の自己増殖がついに人間の生存のための自然環境を破壊するにいたろうとしている今日ではあまりにも明白である。
また「富」というより「生命」の「基底的形態」でもある「共同体」としての他者、との通路を失っては生きて行けないことも、明白であろう。

「共同体」は桎梏である事をやめたとき、「生命」の「基底的形態」であることをも停止してしまったように見える。

ここには「近代」を善とした時代の思考の困難と逆説が深く刻印されている。

    ※     ※     ※

■大塚久雄「共同体の基礎理論」岩波現代文庫2000年1月14日第1刷2007年8月3日第6刷、原本1955年7月

目次
 改版に際して
 第一版はしがき
第一章 序論  1
第二章 共同体とその物質的基礎  9
  一  土地  9
  二  共同体  23
第三章 共同体と土地占取の諸形態  61
  一  アジア的形態  61
  二  古典古代的形態  81
  三  ゲルマン的形態  115
解説 姜尚中  159

救われざるものとしての「使命共同体」〜理念と現実の避け目の深さ ■小田桐誠「巨大生協の試練と挑戦」三一新書1994年3月31日

2009年10月21日

いささか古い本なのでどうかと思ったが、今日でも本質的にはそのまま問題意識が生きている。ありがちな賛辞だけのちょうちん本かとも思ったがそうでもない。また新書なので、軽い現実的ルポかと思ったが、読んでみたら「生協」を運動として、経済体として内部関係者への取材をとおして、生協というものの根本的な課題をまじめに扱っている結構深いルポだった。

歴史も総覧し、周年事業も総覧しながら、多数の現場スタッフを含むインタビューを織り込みながら、「現在」を析出してゆく。
賀川豊彦の友愛主義と、奈須善治実業家精神という「理念」に始まったささやかな「購買」の協同意思が、組織化し巨大化して灘神戸生協からコープこうべとなり、150万会員を抱える巨大生協となって、行政をしのぐほどの影響力を持ってしまう成功の歓びと戸惑い。そして理念性・急進性を弱め、現実肯定的、妥協的、穏やかにならざるを得ない現実。

「生協運動は本来組合員に依拠し、民主的運営を貫徹することが何より大切であり、組合員組織の充実こそが生協発展の基礎であることを意思統一しました。つまり、組合員の願望やエネルギーをいかに汲み取り、生協の日常運営に結合させるかということでです。その主体的力量を基礎に商品政策、店舗政策を検討することが大切であり。この基調を軽視して経営戦略的観点でビッグストアの進出に対処したり急速成長を考えた場合には、かえって本末を転倒して、生協運動を危機に陥れることになる」p293 1970年日本生協連の総会「結語」

ここには運動としての生協の、だけではなく、すべてこの社会の運動というもの、もっと言えば共同性というものが必然的に、孕む矛盾と困難が映し出されている。
「主体的力量」とは、個が結集する力である。原生的共同体が解体したあとで、力を振り絞って生存の困難から脱出し、自由意志で結集する力である。相互扶助であり生存のための共同性への参加である。

「生協」の初発の理念や思い(幻想)と、現実には組織原理で自分を縛ることになる共同幻想の呪縛(現実)とのギャップ、距離、裂け目に、試行錯誤しながら自分で自分を作り直してゆく巨大な氏名不詳の存在体、すなわち亡霊のようなものとして日々自己革新し自己を更新し続けなければならない、理念運動体の自己矛盾的存在様式。
当事者は、日々の「現実」のなかで、実務的な課題を実務的に処理しつつ、その強い風化圧力の中で、現実から理念的な課題を問われ続け、「日常」に深々とひろがる裂け目を、「救われざるもの」として生きるもの、なのだ。

※個人的には生活クラブ生協の共同購入主義、思想主義との比較検討をした部分が収穫だった。

     ※     ※     ※

■小田桐誠「巨大生協の試練と挑戦」三一新書1994年3月31日900円294頁

目次
プロローグ 日本の生協の縮図としてのコープこうべ 5
第1章 マンモス生協の七十周年と記念事業 9
第2章 あらゆる業種・業態を網羅せよ 45
      ――業態多角化の現状
第3章 社会福祉法人に結実した生活文化・福祉活動 95
第4章 購買さんからコープさんへの七十年 133
第5章 安全・安心の砦は機能しているか167
第6章 地域分権の壮大なる実験 199
      ――コミュニティの一員としての活動 
第7章 好対照!? 生活クラブ生協から見たコープこうべ 217
第8章 巨大生協の舵の取り方を問う 255
      ―連続トップインタビュー
エピローグ ニッポンの機関車生協は迷走しないか 275

■内橋克人「共生の大地 新しい経済が始まる」〜今日なお示唆的な提言と先駆的事例〜「使命共同体」と「多元的経済社会」

2009年10月21日

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「匠の時代」で知られ、小泉政権の市場原理主義=新自由主義への警鐘を鳴らし続けて名を上げた「良心的」経済評論家内橋克人の本。
1994年に日本経済新聞に連載され、1995年に出版されたもの。当時は1991年のバブル崩壊後の一時的な相対安定期だが後に「失われた10年」といわれる時期の真っ最中であり、不良債権問題による銀行危機・金融再編の前の時期である。

内橋は「使命共同体」というパラダイムと、その帰結としての「多元的経済社会」という考え方を提言する。
「使命共同体」とは、「同一の使命(ミッション)を共有する人々の、自発的で水平的な集まり」であって、生協やNPOなどのような利益を目的としない、資本主義に対する「市民の自衛・対抗勢力」をさしている。

「多元的経済社会」とは、利益主義の資本主義の「企業内有用労働」の一元的経済社会に対して、利益主義でない「使命共同体」のような「社会的有用労働」による経済活動をもう一つの重要な要素として併せ持つ社会である。

筆者はたくさんの萌芽的事例に、時代の行方を語らせているが、ここで語られていることは、まるでその後の市場原理主義による金融資本の暴走と破綻を見通しているようであり、今日の地球環境保全のエコ経済や、NPOの活発化や民主党政権の「脱官僚依存」政策、を予言もしていて、今もなお十分示唆的である。
そして、筆者の「予言的提示」は、先に取り上げた、大江正章「地域の力」(岩波新書2008年2月20日)などに引き継がれ、いまや現実のものとなりつつある、だろう。

(たくさんの先駆的事例の一つとして、失敗に終わったが、柄谷行人のNAM(New Associationist Movement)を主導的にになった、フェアトレード(自分だけでなく、相手の利益も考える「公正価格」を実現する)を主張し実践する潟vレスオールタナティブが取り上げられているのは、筆者の観察の鋭さでもあり、主張はしても実践することの困難な「使命共同体」の現在を象徴してもいるだろうか……)

叙述は達意で無駄がなく、論旨は明快、大変もっともではある。が、多くの事例を取り上げるせいか、週刊誌的な簡潔な叙述によるものか、「事実の紹介」の足早な駆け足の連続で、もう一つ思想的に、また、事実のディテールにおいても掘り下げがほしいようにも思われる。

(対象の「内部」にまでせまり、入り込み格闘することを通じて、対象のその自己との関係性を、自己にとって切実な課題として「内在化」してゆく衝迫がないから、表面を軽くなぞっているような「軽さ」を脱出できない、というコトバの水準の問題である。ここではそのような観点は除いてもよいか、と思ったが、やはり、そうは行かないように思われる)


※     ※     ※

■内橋克人「共生の大地 新しい経済が始まる」岩波新書1995年3月20日第1刷2007年2月15日第25刷

目次
1 「使命共同体」のパラダイム 1
  1協同の思想 2
  2資本・経営・労働を一体化する 9
  3自然に向けて住まいを開く 17
  4中小企業を支える精神 25
  5労働者協同組合 33
  6働きがいのある仕事を起こす 41
  7顔の見える国際協力 49
2 「辺境と周縁」の条理 57
  1丹後ちりめんの危機 58
  2過疎に挑む「童話村」 66
  3技術革新の逆説に撃たれる 74
  4町工場から強力達人集団に 82
  5国境をこえる泉州織物 90
  6活性化の道を探る「生活の町」 98
  7地域産業の原点を問いなおす 106
3 「実験的社会システム」の旗 115
  1再生可能エネルギーへの転換 116
  2市民協同発電方式へ 123
  3車を迂回させる街 131
  4コンソーシアムで問題解決をめざす 139
  5エネルギー・アウタルキーへの挑戦 147
  6社会コストがエネルギー転換を迫る 155
  7官主導の政策に限界 163
4 「政策と合意」のはざま 171
  1行政の壁に風穴をあける 172
  2公共事業シェア変動せず 180
  3“たなざらし”にされる議員立法 187
  4特殊法人存続に意味はあるか 195
  5国際舞台にNGOの力拡大 203
  6市民排除の政策決定がリスク生む 211
5 「多元的経済社会」への道標 219
  1社会的有用労働の活用へ 220
  2NPOが地域を活用する 228
  3ゼロ・エミッションへの挑戦 240
  4よりよく生きることを支える社会 248
あとがき

■大江正章「地域の力―食・農・まちづくり」3 「食農同源」・地域共生経済への強い意思 

2009年10月13日

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本書に帰ろう。

第1章「開かれた地域自給のネットワーク」で最初に取り上げる島根・木次乳業の事例は、広汎な広がりを持つ成功例として大江が重視し高く評価しているようだ。
木次乳業の取り組みは「工業的」乳業・牛乳への疑問から、「乳業」というものを捉えなおすことで始まった。
そして「風土プラン」という近隣食企業の啓発、オルグ、地域共生思想による同化活動で、製麺機開発に有力な製麺企業・出雲たかはしや、こだわり型の製茶業・桃翠園、西製茶所、国産菜種だけを使う影山製油所といった、高品質事業者を生み出す。 

さらには「食の杜」という「食」を通して「世の中を変えてゆく」ことを、語れるような「食」の事業者の拡大を目指す。農用地を造成することに始まり、住民15人出資による室山農園、レストラン併設ワイナリー、葡萄畑、国産大豆100%の手作り豆腐工房、国産小麦100%のパン屋など絶対的な品質の実現をとおして、多くの自立的な高品位な食事業を生み出し。雇用にも貢献し「地域の力」となりつつある。
ここには、食の複合事業体的なネットワークを通じて既存の社会システムに対抗する意思がある。

第4章「地産地消と学校給食」では、行政主導で『「食」を媒介に自立を目指す街づくり』の様子がレポートされる。愛媛県今治市は20年前、「有機農業」も「地産地消」もまだ市民権を得ていなかった「バブル」時代の1988年に「食料の安全性と安定供給体制を確立する都市宣言」を行い、1998年には「安全な食べ物による健康都市づくり戦略」を打ち出し、販売・生産両面において、広汎な市民参加を求めた。生産においては「安全な食べ物を耕そうとするすべての市民を担い手と考え」、農業講座等により新たに133名の新規就農者=農業の担い手を生み出しているという。
クニ=農水省が行う「規模による」選別の論理とは無関係であり、むしろ相反する行き方だ。
また「学校給食はまち作りの核」とされ、「一括調理」の給食センターを排して、学校ごとの個別調理とし、市内で栽培奨励される有機農産物を優先して使う。野菜の市内産使用率は39.9%(2007年)、米については100%、さらには定年退職者によるパン用の小麦生産も始まり2007年には54ヘクタールまで作付け面積を拡大し、給食の大半をまかなうまでになった。給食は地産地消の核として雇用も生み出しているようだ。
また、あわせて取り組む有機栽培や地産地消の生産者交流や体験学習効果もあって、児童たちの食べ残しは毎日20kgあったものが3kgへと劇的に減ったという。
同様の取り組みは東京都日野市や福島県喜多方市と合併した熱塩加納村、などでもすすめられている。
「地域」において、食べることと農業、は一体であり(したがって当然にも、食べる人と農民も!)、さらに生産や販売に市民が参加することで地域食農コミュニティが形成されていく。
ここには、食の高品位化と自給圏的な地域のまとまりを目指す共助的コミュニティへの意思がある。

第5章「北の大地に吹く新しい農の風」では、全共闘運動、特にその中の「自己否定」思想の契機を通じて、社会の一員として商業性をも追求し、積極的に畜産農業を展開するに至った本田廣一(興農ファーム)を取り上げる。
本田は獄中での日々の中で、自然のうちにあって、自然との相互性として存在する「いのちの天性」という人間のまた自然のあり方に思いいたしてのち、「農業を機軸とした学校」の創設を目指した。「農業」ではなく「学校」である。
ここには思想を「自給自足」への解消でこと足れりとする、の自己満足的自立主義でない、「普遍的農業」への意思がある。

本田は、自ら、世界市場に立つ農民として振舞おうとする。
「ただ、農産物はきっと自由化されると思った。アメリカに負けないためには、ある程度の規模を持ち、集約的かつ多様なな農業をやらなければならない」と考えた本田は、沖中士・ちり紙交換をやり、さらには清掃会社を買い取り6年ほどで2500万の資金を作り「アイヌが集落の条件とした、海と山と川がある」北海道標津(しべつ)町に45ha(代金は3600万、不足分は国の融資)の農地を買った。ここまででも相当すごい。
運動仲間の2家族と個人1名で「興農塾」として入植、抗生物質入りのえさを拒否する有機農業、有機畜産にこだわった。何度もの苦難を味わい、現在も模索は続くが、農地は120ha以上に広がり肉牛から養豚、加工食品、寒冷地に適した野菜作りなどに事業を広げ、30人に近い雇用も作り出している。

第8章「市民皆農のすすめ」は、「すすめ」の段階の素材ではあるが、その本質性において、大江の思想をもっともよく表現しているように思われる。
練馬区は農家が耕作プログラムを定め、市民に道具や苗を提供し、耕作ノウハウや技術を教えまた市民が農家に協力もしながら作物を作る体験型市民農園をすすめ、農家には一口(30uほど)につき1万円ほどの「補助」を出す。2007年で12の体験農園に1300余区画を確保するようになった。利用料金は区民なら3万1000円ほどで、いわゆる土地貸しだけの市民農園の数倍から倍ほどの価格だが、毎年平均3倍ほどの申し込みがあるという。参加する市民は、減化学肥料、減農薬栽培の指導や、自分の畑からの収穫、さらにはともに耕作するもの同志のコミュニティなどに満足しているという。
行政であろうと、民間であろうと、「市民皆農」への入り口をこじ開けることに意味があり、市民が農に参加する場面さえ作れば、失われていた地域の新しいコミュニティが育ってゆく、という強い意思がある。

     ※     ※     ※

この本の中には、各地の地域に息づく自立共生的な試みの息吹が詰まっているが、それらを貫く大江の強い意思、地域から、ローカルから「食農同源」に根ざして地域が共生する経済を、なんとしても作り上げよう、という強い意思が立ち上がっている。

     ※     ※     ※

目次
第1章 開かれた地域自給のネットワーク  1
  ―島根県雲南市木次町ほか―
第2章 商店街は誰のものか  27
  ―兵庫県相生市・三重県四日市市・東京都足立区―
第3章 これがほんまの福祉です  47
  ―徳島県上勝町―
第4章 地産地消と学校給食  71
  ―愛媛県今治市―
第5章 北の大地に吹く新しい農の風  97
  ―北海道標津町ほか―
第6章 四万十源流発、進化する林業の現場から  121
  ―高知県梼原町ほか―
第7章 公共交通はやさしい  147
  ―富山県富山市・高岡市―
第8章 市民皆農のすすめ
  ―東京都練馬区・神奈川県横浜市―
あとがき  197

■大江正章「地域の力―食・農・まちづくり」その2 地域は「共同幻想」を解体して「いのち」の循環共同体へ

2009年10月11日

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閉鎖共同体=伝統的農村共同体は「開かれる」

たとえば、このような記述を思い出す。

  「ウチ」「ヨソ」の意識が強く、この感覚が先鋭化してくると、ま
  るで「ウチ」のもの以外は人間でなくなってしまうと思われるほど
  の極端な人間関係のコントラストが同じ社会にみられるようになる。
  知らない人だったら、突き飛ばして席を獲得したその同じ人が、親し
  い知人(特に職場で自分より上の)にたいしては自分がどんなに疲れ
  ていても席を譲るといったようなこっけいな姿が見られるのである。
  実際、日本人は仲間同士でグループでいるとき、他の人々に対して冷
  たい態度を取る。
    ――中根千枝「タテ社会の人間関係」講談社現代新書 P47

閉鎖的で身内にとてもやさしい「農村共同体」はこのようにして、差別を生み出し、同時にその反映として超越的宗教権力=天皇制を生み出し、資本主義近代の発展にも「会社共同体」として遺伝し、非常な貢献をしてきた。また「支配共同体」の母体であり、基礎構造でもあった。つまり、「個人」の成立と尊重を阻害し、資本主義的市場原理の平等性を阻害してきた。
しかし、ついに、今日その死命を制せらたことを確認することができるのは、歴史的詩的名誉といわねばならない。
このことは歴史上、2度目の、または多く見積もって3度目の根底的な転換である。
わたしたちは経済的土台構造としては1969年から1972年ごろ、消費意識=個人意識としては1980年〜1985年ごろ、きわめて執拗な食にかかわる共同意識としては1993年ごろまでに、もっとも執拗な部類に属する共同幻想である政治形態としては2003年〜2009年に、完全に伝統的農村共同体の軛を廃棄した。いや、消尽するその現場に立ち会ってきた。

伝統的農村共同体は、その強烈な自己目的化した自己保存機能で、個人にも、市民社会にも桎梏であったが、歴史と社会の根源的母性として、共同体内の一員を微温的にくるみ、守る事においては抜きん出ていた。この、プラスの面だけを時代の波濤から救い出そうという、いささか虫のよい、しかし勇敢な試みが、ここにある。
この、伝統的共同体を、都市を基盤に開放的に構成しなおし、個人と共同体を矛盾または「逆立」させずに社会とつなごうという、虫のよい試みこそは、我々を生かす希望なのではないのか。

もちろん、共同体は、どれほどか開かれたとしても、個人と逆立または矛盾するから、そのときには、個人は共同体と別れ、別な共同体へと移動しなければならない。しかし「開かれた」共同体は、異邦人を受け入れる。

※「地域共同体」が開かれるためには、土地私有の廃棄、または非自然的生産(=知=言語=工芸=芸術=学芸=芸能など)の自然的価値が開かれていることが必要なのではないか。
いずれにしても、すべての基盤は自然性にあるというべきか。

「地域の力」とはなにか〜崩壊から再生へ、いのちを食らい循環させる力

ところで、「食農同源」に根ざして共生=相互扶助的コミュニティである「地域」は、農村共同体の解体と歩をあわせるように、日本近代においても解体してきた。
それは「都市」化に伴う通勤圏の拡大であり、人口の都市への移動であり、全国市場化に伴う流通の全国化であり、米作農業の生産単位としての「自然村」の解体である。

共同的な(米作の)農耕単位である「自然村」は、全国で18万ほどだが(広井良典「コミュニティを問い直す」ちくま新書2009年8月10日、による)、明治4年1871年1000戸籍を1単位として一神社をおく「郷社氏子」制がしかれた。このあたりまでは「市」の立つ範囲などとも符合し、生活感を保っている範囲、といえよう。
(ちなみに、広井良典によれば、明治初年には全国の神社数は自然村の数と同じ18万余社であった。自然村における人々のコミュティ核は神社や鎮守の森であったであろう)
ついで明治22年1889年明治「近代」国家の骨格が固まってくると、「行政組織」として市制・町村制がしかれ、以来「自然村」は「大字・小字」として格下げされつつ保存はされてきた。
これ以降、日本近代は「地域」を「行政組織の区画=行政区画」と捉え、コミュニティとは関係なく、効率化のために合併がすすめられた。明治22年の行政区画数は約7万、昭和20年代には「昭和の大合併で約1万、さらに「平成の大合併」ではついにに3000ほどにまとめられる。

近代の国家=国民国家(の支配共同体)は「地方自治」や地域の共生など何ほども考慮せず、行政という名の支配貫徹のために「地域」を解体してきた、であろうか。
「自治体」とも呼び習わす行政組織区画=国家の影としての共同幻想から発想する「地域」は、すでに国家の代理システムでしかなく、「自治体」ないことはもちろん、自然村の崩壊や、共生共同体の崩壊を支え、押しとどめることもできない。むしろ、国家(支配共同体)の末端組織として、地域の解体を進める側に与してきたのだ。

食は「いのちをくらう」(岡本かの子「家霊」)ことであり、「食農同源」に根ざして形成される「地域共生共同体」とは、土地や川や湖沼や、森林などに「根拠地」=コミュニティセンターをもち、地産地消を軸に食を、つまり「いのち」を食らい循環させる生命の力のまったき発現であり、そのようなものとしての「食農共同体」であるだろう。
すなわち「地域の力」とは「いのちを循環させるような、生命の力」であろう。

そのように形成される「地域」とは、自然との相互性としての「いのちを食らう」人間の社会の経済的構成の根底からの組み建て直しでも、あるだろう。

     ※     ※     ※

■大江正章「地域の力―食・農・まちづくり」岩波新書2008年2月20日700円+税 

目次
第1章 開かれた地域自給のネットワーク  1
  ―島根県雲南市木次町ほか―
第2章 商店街は誰のものか  27
  ―兵庫県相生市・三重県四日市市・東京都足立区―
第3章 これがほんまの福祉です  47
  ―徳島県上勝町―
第4章 地産地消と学校給食  71
  ―愛媛県今治市―
第5章 北の大地に吹く新しい農の風  97
  ―北海道標津町ほか―
第6章 四万十源流発、進化する林業の現場から  121
  ―高知県梼原町ほか―
第7章 公共交通はやさしい  147
  ―富山県富山市・高岡市―
第8章 市民皆農のすすめ
  ―東京都練馬区・神奈川県横浜市―
あとがき  197

■大江正章「地域の力―食・農・まちづくり」その1 「食農同源」に根ざして地域が共生する経済、というもの〜「共」のちから

2009年10月10日

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「食農同源」に根ざして地域が共生する経済、というもの

大江正章は、環境・農・食・自治に関する良質本にこだわる出版人である。
また「農は地域の食と切っても切れない関係がある(食農同源)」と主張してやまない。
本書では、自ら多忙の中取材・執筆して、自然との直接的な相互性として生きる人間の「食農同源」のあり方に根ざして、「食料自給圏」的な「地域」を形成し、さらには、いわば「地域共生経済」=「地域共生共同体」とも言うべき、非市場原理的または反資本主義的な生産―消費活動を実践している団体、グループを取り上げてこれからの経済社会構制の先行的モデルとして称揚している。

事例として取り上げられるのは、
島根県の乳業メーカー木次(きすき)乳業を中心とする一種自給自足的で密度の高い相互扶助的共生システム、
兵庫県相生市の市民による農業クラブが営む有機無農薬野菜の食堂や配食活動・三重県四日市市の市民参加食堂「こらぼ屋」などの市民参加の商店街活性化の取り組み…、
「市民皆農」的な有機栽培奨励と地産地消実践で食料自給率の拡大を量る愛媛県今治(今治市自給率は32%学校給食における地元産有機農産物比率は62%)、
東京練馬や横浜の「市民皆農」を目指す体験型農園等、
その他失敗例や、まだ着手段階のものも含めて、全国から11地区大きく見て11事例・細かく見て15ほどを取り上げる。

「食農同源」に根ざして地域が共生する経済、というものを啓発しようとする大江の主張を鮮明に展開するため、やや未熟な素材であっても取り上げ、むしろ本書のほうが実践者の意図をすくいあげてフォローしているところもあって、地域の現状や実例を掘り下げるというより、大江の主張に沿って地域の実例をがんばって発掘し編集した感じだ。
まだちょっと早かった、というようなことででもあろうか―。

「地域」であること、「共」であること

大江の意図を前書きから拾うと下記のようである。

  だが、地域に愛着をもった人々が自らの自然・環境・人的資源を活
  かし、活気ある地域づくりをしている農山村や集団も決して少なく
  ない。地理的条件が厳しいほど、知恵と工夫と斬新な取り組みが進
  んでいるように思われる。そうしたところを尋ねると、単に経済成
  長や市場原理という狭い世界にとどまらない、人と自然、人と人の
  関係性の豊かさが息づいている。利潤の追求のみを目的としない相
  互扶助を重視した「連帯経済」が生まれつつあるとも言えるだろう。
    ―p@「まえがき」

「利潤の追求のみを目的としない相互扶助を重視した『連帯経済』」の具体化、すなわち本書のタイトルでもある「地域の力」という意図は明快である。
それななぜ「地域」であり、「地域の力」とは何なのか。そしてその内実がどのようなものであるのだろうか。
大江はこのように言う。

  いうまでもなく近代化とは、共の領域を狭め、公(国家・政府)と
  私(市場)に引き裂く過程であった。だが、今や政府の失敗も市場
  の失敗も明らかである。〜略〜(公共サービスは)NPOやコミュニ
  ティ・ビジネスなどの効率だけにとらわれない「共」や「民」と
  「公」がそれぞれにふさわしい役割のもとに、連携していくべきな
  のである。
    ――PC 「まえがき」

「公・共・私」というような用語法はカール・ポランニーが『大転換』1944年のなかで示し、広汎な影響を与えた、社会における交換類型の3様式「再分配=公(=国家)、互酬=コミュニティ(=ローカル=地域)、交換=私(=市場=グローバル)」という分析軸に由来し、近年の「公共性」哲学の流れのなかでたとえば、山脇直司『公共哲学とは何か』(ちくま新書)での3つの社会的マネジメント「政府の公/民の公共/私的領域」の流れを汲んでいよう。

ここでの大江の公とはいわば経済体としての国家であり、その本質たる税を握る支配共同体の実行機関としての政府である。政府は国家として、国民一人ひとりではなく国家自体すなわち支配共同体の利益を図る。
私とは「市場」の担い手、参加者として登場する経済活動の主体である。それは個人でも法人でももちろん良いことになるが「私」の利益を図るものである。
そして、それら「公」と「私」に挟まれて「共」の領域があるといっている。
「共」の領域とは「NPOやコミュニティビジネスなどの効率だけにとらわれない」ものであるようだ。
それでは「共」とはどんなことなのか。
それは、自然保護や伝統文化保存など「公」を目的とするNPO=非営利法人などの「民」団体や、相互扶助的な「共」助組織である農耕単位としての村落共同体などをさすものである。


  自らの出身地であるかどうかとは関係なく、今暮らす場所の環境や
  生業を大切にする。そして、農林業であれ地場産業であれ自治体の
  仕事であれ、まっとうなものを作り、広めるという倫理観と、適度
  なビジネス感覚を持ち合わせる。そうした人たちが、元気な地域に
  は必ずいる。そこには世代を超えた人と人との関係性の豊かさがあ
  る。
  〜略〜
  こうしたいわば「非血縁・半地縁・地域共同性」「知縁・半地縁・
  選択縁」に基づく生業と関係性の発展が21世紀の豊かさのモデルと
  なるだろう。
    ――PC  「まえがき」

「非血縁・半地縁・地域共同性」とは前近代性を引きずる「農村共同体」ではなく「都市的な共同体」とも言うべきものを意味していよう。「非血縁・半地縁」であることに拠って新参者に、すなわち誰にでも、「開かれている」ということだろうか。
それでも「半地縁・地域共同性」であるのは、一つには「食料自給圏」的なものとして成立する「地域」が成り立たせる人と人の関係が、「商業」主義や市場原理主義を超えて、相互扶助的な一体性=連帯感を持つということであろうか、と思われる。

「知縁・半地縁・選択縁」というのは、個人が自らの意思で共同体を形成しうるということであろうか。

理解しにくい用語法はあっても、農村であろうと都市であろうと「地域」に根ざしつつ、しかしなお開かれた「共」というものが、「地域」を活性化してゆくちからなのだ、と本書で紹介する事例が十分雄弁に言っている。

そして地域活性化は「理論」としてではなく、地域における「実践」として、開示されるのだと、(だから本書は「ルポルタージュ」スタイルなのだと)大江は語っているようだ。


     ※     ※    ※

■大江正章「地域の力―食・農・まちづくり」岩波新書2008年2月20日700円+税 

目次
第1章 開かれた地域自給のネットワーク  1
  ―島根県雲南市木次町ほか―
第2章 商店街は誰のものか  27
  ―兵庫県相生市・三重県四日市市・東京都足立区―
第3章 これがほんまの福祉です  47
  ―徳島県上勝町―
第4章 地産地消と学校給食  71
  ―愛媛県今治市―
第5章 北の大地に吹く新しい農の風  97
  ―北海道標津町ほか―
第6章 四万十源流発、進化する林業の現場から  121
  ―高知県梼原町ほか―
第7章 公共交通はやさしい  147
  ―富山県富山市・高岡市―
第8章 市民皆農のすすめ
  ―東京都練馬区・神奈川県横浜市―
あとがき  197




■磯崎憲一郎「終の住処」文芸春秋9月特別号(第141回芥川賞発表・受賞作掲載)〜〜言葉の膂力

2009年10月06日

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新しい時代の言葉の獲得
〜詩的言語の散文的流出という現実、言葉の膂力


「妄想」となる言葉を現実につなぎとめる

なんといっても妄想と現実を綯い交ぜにしたような言語の形態が一回り時代を進めている。
20年あまりの回想が、妄想(となった現実)と生の現実が入り混じって、断片となって積もっている。過去は、断片に過ぎない。時間は断続するものとして回想される、ということ。回想される過去の断片には妄想が入り込み、「現在」を救い出し、また別な妄想へとつないでゆく。現在もまた断片に過ぎない。すなわち未来も、である。過去を見ることは同時に未来を見ることである。
「妄想」となった破片の時間をわたしたちもまた、たくさん抱えている。

言葉の膂力

これら破片と化したかに見える記憶や思いや表象やを繋いで、一繋がりの時間として定着してゆく言葉は「文学語」や「詩語」ではない。「普通」の現実感のある言葉である。しかし、その極めて平易な現実的な言葉で紡がれるのは、「口にすると世界を凍らせる」かもしれないあの、詩的な内実が存在していた「時間」のあちらとこちら、である。この言葉は軽々と「あちらとこちら」または「内部と外部」を出入りする抽象または非現実の言葉でもある。
一種のアクロバットのような「力技」が辛うじて、流れとしての「現実」の方向につなぎとめている。この力技は、言葉の膂力があるといえばよいか。

「詩的」な水準の言語の散文的叙述

ここで駆使される言語の水準は、詩的な言語であるが、現れかた叙述の繋がり方はしかし、散文的な構造になっている。ここで吉本隆明の「固有時との対話」と比較してもよいが、今はその煩に堪えない。
このような姿勢を建設的といわずにはいられない。このどうしようもない世界を、至って肯定的に受け止める一人の主体としての、どうしようもなく分解された人間のありかたが重い。

     ※     ※    ※

選考委員の評のうち黒岩千次、小川洋子、川上弘美、山田詠美の評に基本的に同意。石原慎太郎が全く理解できないというのは「全く」納得できる。
三浦雅士の「緊密に描く平凡で波瀾万丈な人生」という言い方は盲剣法のようにごく表層で当たっているが、「男女ともに30すぎての結婚がめずらしくなくなった」ような「日本の現在にまっすぐに向き合っている」などという(毎日新聞9月13日)のはどうなのか。
「まっすぐ」かもしれないが、それは風俗小説としてまっすぐに見えるかもしれないのであって、文学的思想的には膜一枚を隔ててかすんでいる。
「まっすぐ」な記憶のまま、まま身をかわしたことによって、この難しい水準の言葉の不思議な安定とか定着とかを得たように思われる。それは小説を書く態度として、まっとうな態度のように思われる。

    ※     ※     ※

この人(磯崎)が真に文学的思想的に「現実にまっすぐ」向き合っていれば、われわれはここに、平成の「固有時との対話」(吉本隆明)を得ていたかも知れない、ように思う、のだが…。

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