■谷口誠「東アジア共同体」に触れて 5 それでも東アジアは連帯するか――国家の解体と市民社会の再構築、金融資本主義の解体と地域の再構築、すなわち国家から地域へ

2009年09月28日

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「国民国家」の落日、「〈帝国〉アメリカ」の衰退、金融資本主義の解体からポストモダンの「秩序」への模索

「大規模地域間統合」は「国民国家」(=欲望と暴力の時代)の拡大発想なのか

わたしは、谷口誠の「東アジア共同体」論の農業に関する部分だけを取り上げて自論の展開に利用し、無用に谷口誠を貶めているかもしれない。
著者はOECDなどで世界経済の分析と今後の展望・政策を扱ってきた第一人者である。
本書は、無論、農業に主眼を置いたものではなく、金融に始まり、IT・環境関連など先端産業を念頭に置いた、貿易と通貨と技術・情報の(政治はカッコに括って)「経済共同体」を主眼とするものである。
農業は、むしろその実現を阻害する要因として(のみ)取り上げられている、といえよう。

「東アジア共同体」がなぜ、あるべきなのか、という筆者の、本論に属する部分の主張をみていくと、世界では、グローバル化の一方でEUやNAFTAなどの地域統合化が進行しているから東アジアもFTAなどで地域共同体化しなければいけないといっているように見える。
欧米の後を追えという、近代主義、である。

そして、EUの拡大は汎欧州主義という理想主義もある反面、国際政治における「アメリカ一極支配」に対する対抗的なものだ、という。つまり、世界は世界中を「国民国家」が埋めつくすほど近代化したが、同時にすでに国民国家を超えた大規模地域統合の時代(国家ではなく、拡大された新たな地域主義・地域間競合の時代)だといっているようだ。
また、途上国やNGOが力をつけてきたため、GATT/WTOの先進国支配が崩れ、機能障害に陥っているので「世界」レベルの話し合いを主導できなくなった欧米先進国グループが、「大規模地域」の形成に走っているのだという。
だから東アジアも、と筆者の中では論理が直結しているようだ。

「現実政治」や「行政」は依然としてパワーゲームの中にある。他者と闘争または戦争をして、これに打ち勝つことが何より大切だという、人間の承認欲望がパワーゲームを作り出す。

またこのようにもいう。

  OECDで私は、「2020年の世界――新しいグローバル化へ向けて」
  (The World in 2020:Towards a New Global Age)と題する世界経
  済の長期見通しに関する研究のイニシアチブをとった。1997年末発
  表されたこの研究報告には、21世紀には中国を中心とする東アジ
  ア、さらにはインドを含めたアジアが、世界のもっともダイナミッ
  クな発展のセンターとなりうるというシナリオが画かれている。
    ―PAまえがき

  長期の経済停滞から脱するためにも、まず「東アジア経済圏」を
  構築し、ASEAN、中国、韓国とともに発展し、それにより東アジア
  の発展と安定に貢献する道を進むべきであるとかんがえるようにな
  った。
    ――同前

ここでは、「進歩し他国に打ち勝たねばならない」という「近代国民国家」の発想がそのまま「大規模地域統合」に拡大され、投影されているように見える。
まだわれわれは「欲望と暴力の世紀」を続けるのだろうか。
否である。
われわれは、まったく別の発想と水準から、社会を作って生きる人間の存在の価値を見いだし、まったく別の根拠をもって「共同」することの意味を見いださねばならないだろう。

金融・通貨という資本の暴力的世界支配の本体システムをどう解体するか〜抵抗線としての「地域」

東アジアの地域統合の現実化のはじめはアジア経済危機のときの日本政府の対応であるという。

  1997年アジア通貨危機が発生し、それまで順調に発展してきたアジ
  ア経済は深刻なダメージを受けた。これは東アジアにとっては不幸
  な出来事であったが、この通貨危機に際して日本が講じた、新宮沢
  構想を含む多額の救済措置は、日本と東アジアの連帯感を強めるこ
  ととなり、結果的に東アジアの地域統合の契機となった。アジア通
  貨危機によりもっとも深刻な被害を被ったASEANが苦しんでいると
  きに救済の手を差し伸べたのが、米国でもIMFでも(※実質アメリ
  カだが=前山)APECでもなく、東アジアの一員である日本であった
  ことを認識し、通貨問題を通じて、地域協力の重要性に目覚めたこ
  とは大きな成果であった。
    ――PBまえがき


ニホンというクニが「東アジアの一員」であるかどうかは甚だあやしいといわねばならないが、それはおくとして、これではアメリカが援助していればアメリカ―ASEAN共同体に目覚めることになる。
この程度に場当たり的な論理なのだ。問題は、ニホンが援助せざるを得なかった事情にこそ、ある。

  通貨危機発生の原因については〜略〜これらの経済が、更なる成長
  を達成するため、ヘッジファンドのような短期資本に大きく依存し
  ており、この投機の対象になってしまったことによると考えられ
  る。〜略〜東アジアのNIEsに、マクロ経済政策の一環として資本
  市場の自由化の促進を強く要求し、指導してきた(アメリカ主導
  の)IMF、OECDの責任は大きい。アジア通貨危機に際し、米国主導
  のIMFの政策は、これを防ぐどころか帰って悪化させた。通貨問題
  についてはつねに議論していたAPECも、いざ通貨危機が起こったと
  きには、何の役にも立たなかった。
    ――P20〜21 第2章動き出した東アジアの地域統合 2 地域
           統合化へのきっかけとなったアジア通貨危機

今日、国家を超える唯一の存在である通貨=金融システムは、世界システムとしてのみ成り立っている。通貨=金融システムの自己増殖の論理は実態として世界を、つまり〈帝国〉アメリカの金融資本支配共同体の政治セクターたるアメリカ合衆国政府を支配している。
アジア通貨危機という事態が現出したのは、国家も金融資本主義も、それらを支えるたんなる制度でしかないように見える通貨制度もそれ自体が世界を破壊する契機を孕んだ、しかも自己管理できない、矛盾に満ちた存在だ、ということである。

資本主義社会は、通貨という「妖怪」のような共同幻想を生み、これを共同幻想であるにもかかわらず商品として取り扱い、それゆえ「利子(利息)」という利益を生み出すことが出きるという倒錯した「ファイナンス」理論=金融資本主義の根源を生んだ。
「金融資本」は「時間的利益」と「リスク負担」というキイを使って、自己増殖していけるという倒錯した金融資本主義は、モノを作って売ることにより価値体系の差異から利益を売る産業資本主義とは、まったく水準の違う「妖怪以上のもの」である。

アジア通貨危機とは、金融資本主義の世界支配システムがその本性を集中的に暴露したものであり、かつてのニホンのバブル崩壊も、同じくITバブル崩壊も、2008年のアメリカ住宅金融バブル崩壊に端を発する、世界経済危機も、金融資本主義の自己矛盾の現れである。

ニホン国政府が、アジア金融危機に際して、ASEAN諸国に救済の立場で振舞ったのは日本資本主義もまた、世界金融資本主義に翻弄される「子羊」であったからだ。そしてそのとき投じられた資金の多くは、ニホンという地域産業資本主義の生み出した資金であった。
世界金融資本が自己増殖に走り、自己コントロールを失ったとき、破綻に瀕するものを救済しうるのは地域資本であった。この事実は、世界の同時的短期資本主義化のためと称して金融資本主義が世界を跋扈するのに対する抵抗線として「地域」が有効であることを指し示していよう。

われわれは「地域」に根ざした社会のあり方を根柢から問い直し、構築することで、金融資本主義を解体することができるだろうか。ただしその「地域」が東アジであるとは、まだ、言えないであろうが―。

「国家」(近代国民国家)の廃棄から、その、「次」へ

ヨーロッパ「先進国」と日本では近代「国民国家」が自壊しつつあり、一方で新興国の台頭で世界の支配共同体は揺らいでいる。その中核たるアメリカ〈帝国〉のグローバリズムは経済的にも失墜し政治的にも世界の警察官たることを諦めねばならなくなってきている。
世界は、現実過程として、明らかに「近代の次」の時代に入りつつある、と強く感じる。
国家(国民国家)は外からは世界金融資本主義の荒しによって、内からは資本主義の成熟による市民社会の台頭によって解体されつつある。

われわれは実体として、マルクスが予言した「国家の廃棄」が実現されつつあることを感じており、未生の「次」の予感に震えているだろうか。
廃棄された国家(国民国家)のあとに、何があるだろうか。
小規模な生存共同体の復興と、ダイナミックな地球規模の交易共同体、のようなものであろうか。
それは小さな生活共同体と大きな交易共同体とが「地域」を媒介にして同時に構成されるようなものであろうか。地域を媒介にすることによってそれらは単一化せず、常に絶対でありながら相対化され続ける否定的な自己権力のようなものであるだろう。

東アジアとの連帯が、それでも求められるなら、それは資本の支配システムと国家(国民国家)を同時に廃棄するような運動のなかで、派生してくる「大きな地域」=交易共同体として、であるだろうか。

■谷口誠「東アジア共同体」に触れて 4 農業はクニのものではない〜自立し市民と連帯する農へ

2009年09月21日

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谷口誠の農産物貿易自由化=「農業犠牲」必至論
 〜行政は裏切る…


冷静な学者である谷口は農業に目を転じて、ごく簡潔にかつ明快に、日本においては農業の貿易自由化も必至であり、その前提で考慮するべきだと、述べている。

   〜〜日中韓とASEANがそれぞれにFTA(Free trade agreement=自
   由貿易協定)、EPA(economic partnership agreement=経済連携
   協定)交渉を進めている現在、日本は農業問題を抱えているから
   といって、後ろ向きの姿勢をとり、WTO(世界貿易機関)の農業
   交渉におけると同様、米を含む重要農産物の自由化の先延ばし策
   を取るべきでない。日本の農業問題は、東アジアとの農業分野に
   おける地域協力、さらには私の提唱する「東アジア共通農業政
   策」の一環として対応する心構えが必要であろう。
    ――PF はしがき

   ASEAN、日・中・韓の経済はそれぞれ長所と短所を持っており、FTA
   の適用は短期的には各国に多大の困難をもたらすこともあろう。
   しかし長期的にはより多くのメリットを得ることができることに
   注目しなければならない。日本も農業問題という、大きな国内問
   題を抱えているが、農業問題では多少の犠牲を払っても、日本の
   得意分野であり、比較的優位を持つ、ハイテクを主体とした製品
   分野を活かした方が、長期的には日本経済の発展に繋がるという
   視点を持つべきであろう。
   ――P102

たしかに古来、このようにして、極東のシマグニ日本は貿易で巨利を占めてきたかも、しれない。遣唐使も平清盛も、松浦の松浦家も、能登の時国家も、蝦夷の松前家もそのように生きていたかもしれない。

実務家の苦労というものが思いやられる。同時に、容易に国家というものになりかわって自分が国家のように発語する錯誤もここにある。「国益」などという思想が、ここにはまだちらついて見える。もっと分解して、就業人口300万人の農業者より95%以上を占める都市流民の生活を成り立たせるほうが大事だという、あたかも当然のような、当然でない論理が当然のように見えてくる。行政実務を担当するものはそれだけで人の存在を裏切る存在である。

農業の最大の目的とはなにか 
 〜国家は農にも自然にも個人にも届かない


また、谷口はこのようにも言う。

   国土が狭く、農業人口も減少しつつある日本にとって、農業の自
   由化が非常に困難な課題であることは疑う余地がないが、WTO、
   APEC、ASEANとの交渉の場において、農業の自由化が避けて通れ
   ない以上、日本としては、将来日本の農業はいかにあるべきか、
   そのためにはどのような改革が必要か、どうすれば農業の最大目
   的である日本国民への食料の安定的供給が維持できるかをしっか
   りと見据え、その展望に裏付けられた長期的戦略を打ち立てねば
   ならない。
    ――P156

   農業の自由化を通じ、生産性を高めることにより自給率の向上を
   図ることは望ましいが、日本の農業のかれている現状から見て、
   英国やスイスレベルの自給率を回復することは、難しいであろ
   う。自給率の向上のみを優先課題とし、農業の自由化を遅らせる
   ことで、競争力のない農産品の温存をはかることは、長期的に
   は、日本の農業の競争力強化のための構造改革の意欲を失わせる
   ことになる。
    ――P170

しかし「農業の最大目的は、日本国民への食糧供給」ではない。農業者が農業者として自立すること、であり、そのことに拠って一市民として市民と連帯して生きてゆく事である。
なぜなら、農民は日本国政府の意図に従って生まれたものでも、その意図を実現するために存在するのでもない。農民は本来は自然との相互性として生きるものとして存在するのであり、まずはそのことを全うすることが農の自然性であり人間の本来性でもある。そして社会を作って生きるものとして、他の構成員すなわち市民と連帯して食を基盤とする社会の存立条件を満たすようにつとめるものである。
そのあとで国家があるのだ。国家が、先にあるのではない。
そのことの視点がなければ、お上として国家ありきで、数字合わせの上っ面の論理だけをなぞる農水省と変わらない、と言わねばならない。

谷口の農業政策 
 国家は農に届かない〜行政は裏切る…


次いで、谷口は、日本の農業の構造改革についての提言を簡略に行う。
まず農水省の「食料・農業・計画」の中間報告は「やっと日本の農業改革の一つの方向を示したもの」として評価するが「これまでの日本の農業政策の保守的な体質からみて、どの政策も実現させるのは容易なことではない」、つまり実行はできないに等しいといっている。
その上で次のように自身の提言を行う。

1 中小規模で効率のよい農業経営を目指すべき。
2 食料自給率よりも、ハイテク技術、高品質かつ安全な産品で生産性の向上を目指すべき。
3 付加価値の高い農産品に重点を置いて農家所得の向上を目指すべき。米にこだわらず多角化すべき。
4 農業の構造改革とセットで、初期には農産物価格に影響を与えない直接所得保障を含め財政支援をするべき。EUの予算の半分は農業予算、アメリカも同様の政策である。

確かに、農水省の木で鼻をくくったような無味無内容な上っ面の数字合わせよりは、農業の現実をよく踏まえ心を砕いている。「中小規模」で、「生産性の向上」を目指すとか、「付加価値の高い農産品に重点を置く」とかいうあたりである。また直接所得保障を前提に考えて(ということはすなわち農産物の貿易自由化を前提に考えるということだが)ということは現実的に避けられないであろうしそのような庇護を受けながらしなければ農業の存続など考えられないだろう。しかしそこまででとどまっては支配共同体の行政からする空中からの視線であることをやはりまぬかれないというべきであろう。

結局、国家の視点に立つものが百万言を費やしても、農、の本質には届かない。農は、資本主義近代からすれば「商品」を超えたもの、であるかもしれないが、農の本質から言えば、「商品」以前のものである。農、の本質的な存在価値=自然との相互性において生きるという人間の根源的なあり方の社会と人類にとっての本来の価値、をあきらかにする仕事は農自身が引き受けなければならない。

しかしごく近日の農産物自由化は必須の現実である。国産米の米価は、約10分の一のタイ米と競合することになる。一体どうするべきなのか、具体的な指針も対策も、どこにも存在しない。
マクロ的な経済専門家である谷口からすれば、農業は行政的に救済すべき対象である外はない。このクニの農業の悲劇を思ってみるほかない、であろうか。

     ※     ※     ※


クニから自立し市民と連帯する農業へ

このクニの歴史は古来、農を一方的に収奪してきた収奪者の歴史

このクニは、古代においても利益分配のための支配共同体として成立し、その主要な任務は農を産業として向上させることではなく農からの収奪システムの構築・強化にあった。農からの利益が(つまり収奪が)大半であり、まさしくクニを支える根幹として農はあったであろう。(もちろん網野善彦の論を肯うとしてもなお、である)鎖国政策の江戸期の非農業への課税はかけ離れて軽く、1割程度のものだったとされている。
にもかかわらず、江戸期の終わりまで、灌漑など農業土木や、品種改良などは篤志家の業績に帰せられる、であろう。(幻に終わった長屋王の「100万町歩開墾計画」を除けば、である) 吉本隆明は、このクニの「耕作田の狭さ、また島嶼的条件から」「インドや中国のように〈アジア的〉的専制を支えた大規模な水力灌漑のための工事や、運河の開削などを必要としない地理的な特性を持っていた」(『共同幻想論』「全著作集のための序」)と述べているが、もちろん泥田もあれば荒地もあり、灌漑はあるべきだったがなしえなかったか、なすべきという思想がなかったから、なされなかったかのいずれかであろう。古代纏向遺跡では長さ200メートル幅5メートルもの「運河」状構築物が発見されており、大阪や江戸の建設に当たっても巨大な水利事業は展開されている。支配者たちは農業のためにする水利灌漑も、もちろん、実行しようと思えば、困難ではあっても可能だったのである。にもかかわらず、ほぼ篤志家事業としてのみ農業灌漑などの土木工事が営まれてきたというこのクニの歴史は、つまり支配者たちは農業には投資する気はなかったということを証しているのである。
支配権力が農の内部の権力ではなく外部の権力であったからだ、と想像される。
今日、米とともに農はクニの土台でも、国家そのものという共同幻想でもなくなったが、古代からの被収奪者であるという構造的事情は染み付いていて変わらない。(で、あろう)

このクニの農は、今日もなお自分で自分を決定できない主権喪失者であり追われるもの=故郷喪失者なのである。農は、自らを自らの主として自らを決定しうる、自己権力を確立し、まっとうしその上で、「この世界」を発見しなければならないだろう。

クニを離れて、「農の主権」回復へ、農の本質的な存在価値へ

農業はもはや、クニを離れて農業の存在価値を見直し、新しい価格決定システムを市民と直接交渉して作り上げるべきではないのか。

何より農の社会における存在価値を、一から捉えなおすべきである。端的に言えば、現在大手スーパーなどの流通業者が主導して決定されている農産物価格(それは製造業をベースに、製造業の生産性を確保するために設定された給与をベースに設定された製造業産業資本のための価格なのである)の決定システムを根本的に見直す、ということである。もっと端的に言ってしまえば、スーパーには主導されない、農業者がかかわる価格決定システムを農業が作り出すことが必要なのである。
なぜなら、価格決定システムこそは農と資本主義との矛盾の根源だからである。

それは、たとえば、農民と市民とが直接交渉で価格を決めるというようなことであり、価格の決定要因は使用価値に基づくが、物質的な使用価値だけでなく精神的な価値も含めて決定するべきだというようなことである。


     ※     ※     ※

■谷口誠「東アジア共同体」岩波新書2004年11月19日

目次
はしがき
第一章 なぜ、いま東アジアに地域統合が必要か…1
  1 グローバリゼーション下の地域化 1
  2 GATT/WTOの機能麻痺 2
  3 地域化の流れに乗り遅れた日本 4
  4 なぜ東アジアの地域統合が遅れたのか 6
第二章 動き出した東アジアの地域統合…11
  1 ASEANの役割の拡大 11
  2 地域統合へのきっかけとなったアジア通貨危機 20
  3 中国の地域統合への積極的な動き 25
  4 中国に次いで積極的な韓国の動き 28
  5 やっと動き出した日本の対応 29
  6 「東アジア・コミュニティ」構想の問題点 38
第三章 地域統合への障害は何か…43
  1 「東アジア共同体」は幻想か 43
  2 「共同体意識」 46
  3 新しい日中関係を構築するには 50
  4 対アジア外交の意識改革をするには 61
  5 「東アジア共同体」への現実的アプローチ 76
第四章 「東アジア経済共同体」の可能性…79
  1 東アジア経済の大きな潜在力 79
  2 日・中・韓の連携こそがカギ 99
第五章 「東アジア経済共同体」のメリット…105
  1 東アジアの協調的分業体制の確立 105
  2 日本経済を活性化するには 107
  3 日本に期待される役割 112
第六章 「東アジア経済共同体」の成立のために…123
  1 日本はより積極的で具体的な貢献を 123
  2 環境分野での地域協力 127
  3 エネルギー分野での地域協力 143
  4 農業分野における地域協力――「東アジア共通農業政策」 155
  5 アジアの通貨・金融協力――「アジア共通通貨圏」への道 187
第七章 さらに「東アジア共同体」をめざして

主要参考文献

■谷口誠「東アジア共同体」に触れて 3 東アジア共通農業政策とはなにか

2009年09月21日

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農産物自由化・価格の見通し、需要予測
谷口による「東アジア共通農業政策」の内容

2020年に非情に厳しい食糧事情がやってくること、そして日本は交渉経緯からして、ごく近い将来(2010年?)農産物貿易を自由化せざるを得ないこととして、筆者はその対応策としての「東アジアにも『共通農業政策』を」と提起する。

※そもそも「東アジア」はその範囲も判然とはしていないのであるが、今日主要にはASEAN+3(日中韓)をもって、東アジア共同体が論議されている。ニホン国政府は2003年東アジア・コミュニティの議論をするについて、アメリカへの配慮からオセアニア・アメリカを加えた「コミュニティ」を提唱しており、また今年8月21日のインドとASEANのFTA締結により、インドを統合市場に含む可能性が飛躍的に高まった。地理的には北朝鮮・ロシア極東エリア、モンゴルを含む場合もある。

@ 東アジア農業開発と地域協力のための政策協議
これは日中の食糧確保と、東南アジアの農業開発の1石2鳥を狙ったやや虫のいい話しだが、東アジアの農村が貧困にあえいでいることを思えば、十分相互メリットがあるようにも思われる。
中国を含むアジア各国の農業生産力向上は、各国の農村=手入れされた自然の保全のためにも必須だ。

A 東アジアのからの開発輸入の促進
上記@のために、まずは中国への農業技術及び一体のものとしての環境技術(なぜなら農業も、もちろん「自然破壊」の一種であるからだ。現に中国では耕作地開発の結果、自然災害を惹き起こしたり、砂漠化が進展したりしている)移転を狙って、中国からの開発輸入プロジェクトを。さらには東アジア全域からも、という構想。

B食料の「安全基準」と「環境基準」の設定
上記Aの開発輸入のためには、当然のことながら、あらかじめ商品および製造法の安全性と環境基準について共通認識を形成しておくことが求められる。

C緊急時のための食糧の共同備蓄構想
日本の現在の備蓄は米2か月分(150万トン)小麦2.6か月分(100万トン)大豆20日分(5万トン)となっており(ちなみに石油は160日分)、ヨーロッパより格段に少ないとのこと。そのヨーロッパは「共同備蓄」ではないがたとえばスイスでは小麦、米、砂糖、食用油等を各輸入企業が6か月分備蓄する義務があり、家庭は10日分の備蓄が義務付けられている。

東アジア単位で備蓄に取り組めば、食糧不足の国にとってもメリットがあるという。かくて日本と東アジアの安定した食料確保へと、なるのであろうか。
話はまだまだ迂遠でピンと来ないことが多い。


※     ※     ※

■谷口誠「東アジア共同体」岩波新書2004年11月19日

目次
はしがき
第一章 なぜ、いま東アジアに地域統合が必要か…1
  1 グローバリゼーション下の地域化 1
  2 GATT/WTOの機能麻痺 2
  3 地域化の流れに乗り遅れた日本 4
  4 なぜ東アジアの地域統合が遅れたのか 6
第二章 動き出した東アジアの地域統合…11
  1 ASEANの役割の拡大 11
  2 地域統合へのきっかけとなったアジア通貨危機 20
  3 中国の地域統合への積極的な動き 25
  4 中国に次いで積極的な韓国の動き 28
  5 やっと動き出した日本の対応 29
  6 「東アジア・コミュニティ」構想の問題点 38
第三章 地域統合への障害は何か…43
  1 「東アジア共同体」は幻想か 43
  2 「共同体意識」 46
  3 新しい日中関係を構築するには 50
  4 対アジア外交の意識改革をするには 61
  5 「東アジア共同体」への現実的アプローチ 76
第四章 「東アジア経済共同体」の可能性…79
  1 東アジア経済の大きな潜在力 79
  2 日・中・韓の連携こそがカギ 99
第五章 「東アジア経済共同体」のメリット…105
  1 東アジアの協調的分業体制の確立 105
  2 日本経済を活性化するには 107
  3 日本に期待される役割 112
第六章 「東アジア経済共同体」の成立のために…123
  1 日本はより積極的で具体的な貢献を 123
  2 環境分野での地域協力 127
  3 エネルギー分野での地域協力 143
  4 農業分野における地域協力――「東アジア共通農業政策」 155
  5 アジアの通貨・金融協力――「アジア共通通貨圏」への道 187
第七章 さらに「東アジア共同体」をめざして

主要参考文献


Rose Yumi Rose 9月の新メニュー 2 こだわりも愛もある、華やかなサンドのヴァリエテ

2009年09月16日

フルフルの茹で立て茹で卵のサンドを惜しんで…

Rose Yumi Roseのサンドウィッチはすべて、オーダーを受けてから手作りでつくる。
去年は、出来立てのフルフルのゆで卵で作る卵のサンドウィッチは白身の柔らかさ、柔らかいサンドウィッチ用の薄切りパンで好評ではあったが、さすがにオーダー後茹ではじめては、提供まで20分ほどもかかる。
やむを得ず、茹で置きすることにしたが、できるだけ茹でたてに近いものを提供するため、少量ずつ茹でて、なくなったらまた茹でる。
フルフルの茹で立て茹で卵のサンドを惜しんで、のことである。

トーストサンド2種

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当店風のクラブハウスサンドセット 1,200円

トーストしたパンにからし、マヨネーズを塗り、レタス、「できるだけ」出来立てのゆで卵のサラダ、さらにローストしたパストラミビーフとベーコン、最後にやや厚めにスライスしたトマトをドンと重ねて作る。ボリューミーだが、トマトの酸味や卵の柔らかさも楽しめる、デイナーにもなる豪華なサンドウィッチ。

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グリルドチキンのサンド 1,200円

たっぷりのブラックペッパーと香辛料で味付けをしたグリルドチキンの風味がよく、深みのあるこくが楽しめる。お客様からはしばしば「こんなに美味しいのははじめて」の声もいただく自慢の一品。
トーストしたパンでまた香りと風味が一段と増すのが驚きだ。

野菜のヴァリエテ

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きのこのサンド 1,200円

9月になって、定番の「きのこサンド」が復活した。フランス風にタルティーヌ仕立てにも、と思ったが、去年カンパーニュをよい状態で維持できず苦労したことを思い出して、従来のスタイルに。オリーブオイルにローズマリーの香りを移して、まいたけを炒め、白ワイン、塩コショウで少し味を整える。ごく薄切りにしたトマトときゅうりをいっしょに挟んで軽く押さえて形を整える。きのこの独特の旨みと風味は秋に欠かせない。

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海老とブロッコリーと卵のサンド 1,200円

春だけのメニューのつもりだったのが、好評で通年メニューになった。卵のおいしさは、これがいちばん、かな。卵と海老の相性もよくブロッコリーとトマトで野菜の美味しさも味わえる。

*     *     *     *

Cafe Rose Yumi Rose
港区南青山1-25-3 桂由美ブライダルハウス2F
TEL 03-3408-7990
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Rose Yumi Rose 9月の新メニュー 1 上品と濃厚の小宇宙〜〜鎧塚さんのタルト・フィグ(無花果のタルト)

2009年09月15日

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人気が定着して、すっかり名物メニューになった感じの、鎧塚さんのフルーツタルト。
9月1日からは「禁断」の美味、いちじくのタルトだ。たぶん、10月の中ごろまではできるかも…という旬のいちじくたっぷりの季節限定スウィーツだ。

いちじくは花が咲かないように見えることから無花果と書くが、映日果とも書き、中世ペルシャ語の「アンジール」を中国で音を移し、それが日本に伝わったとされる。
薬用にもされる濃厚・芳醇な味わいはエロティックでさえあり、聖書では裸のアダムとイブが体を隠すのに使い、古代ローマでは珍味として珍重された。
現在でも干しいちじくはワインやシャンパンのつまみの王様として好まれている。
多量の食物繊維、カリウム、カルシウムなどを含む。

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トッピングの無花果はフレッシュでまだ爽やか。秋が深まるとともに熟してくる。
タルト全面を蔽っている無花果ムースは、さぞや濃厚かと思いきや、予想を裏切る果実味豊かな、鎧塚ならではの上品繊細なムース。
下にはさらにフレッシュな無花果と少し甘めのカスタード。
そしてさくさくしたチョコレートのタルト。

     ※     ※     ※

上品と濃厚が一つになった、小宇宙のようなタルトフィグ、1200円。

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Cafe Rose Yumi Rose
港区南青山1-25-3 桂由美ブライダルハウス2F
TEL 03-3408-7990


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■谷口誠「東アジア共同体」に触れて 2 食料は、どう問題なのか――近代の食の不在からポストモダンの食の露出へ

2009年09月12日

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2020年の日中の食料不足とアメリカ戦略農業の一人勝ち(OECDの予測から)

食料を考えたとき、このクニは食料自給率40%といわれる。この数字は農水省がカロリーベースで出した数字だ。この数字だけが一人歩きし、知られているがもう一つの農水省が出している「金額ベース」の数字ではなんと61%である。国産農産物の価格が高いからともいえるし、肉類など高カロリー食品が圧倒的に輸入に頼っているから、とも言えそうだ。最近は野菜も輸入シェアが上がっている。
またカロリーベースで統計を出しているのは日本と韓国だけだそうだ。この現実からしてインターナショナルではないわけだ。
ちなみにフランスは122%、米国は121%、ドイツは99%でいずれも増加傾向にある。韓国は49%で1970年の80%から大幅な減である。ちなみにニホンは同じく60%から40%に減っている(いずれも2001年の数値・谷口「東アジア共同体」による)。中国はデータとしてはっきりしていないが、現在はかなりの高率の自給率だが食糧輸入国にはなったはず、ぐらいのところであるらしい。

1994年の「例外なき関税化」を掲げるGATT(現WTO)ウルグアイラウンド(多角的貿易交渉)において、農産物自由化というより米の自由化に不明瞭だがきわめて強い抵抗をしめした日本政府は、最終的には交渉不成立の全責任を負う立場に追い込まれ、結局は一定量の輸入義務を負う「ミニマムアクセス」という形で妥協した。「妥協」の結果は、国内農業は破滅に瀕し、かつ毎年77万トンもの輸入をせざるを得ない。

また、同書のOECD「2020年の世界」の予測によれば、現在も日韓中は食料の輸入エリアであり、将来2020年においては日中は世界の2大食料輸入エリアとなり、輸入額は1750億ドルと1700億ドルでほぼ世界の3分の一ずつ、つまり両国で3分の2を占めることとなる。残りの3分の一をほぼEUが占め、残りは10%ほどとなるが、EUは域内共通農業政策を持ち、対外的な貿易協定などで安定供給策を構築しているので、勢い、日中が輸入競合で競り合う羽目になるのは必至であるという。
これに対して食料輸出能力があるのは、圧倒的にアメリカで、1995年に200億ドル程度なのが2020年には2800億ドルに飛躍的に伸びるみこみになっている。他にはオセアニアと南米の一部で合わせて概ね2000億ドル弱程度のようである。
※人口大国のインドが、1995年に100%以上自給率を達成し、2020年には輸出国になるとの予測になっている。これには筆者の谷口も首をかしげている。逆に食料についての政策や、増産能力は、未だに世界各国の間で十分に熟した共通認識がもてる状況にはないということであろうか。
ということは、この時点でのOECDの予測もOECD主導国などの研究者の視点からするあまり当てにならない代物であると言えるかもしれない。
  
アメリカの2020年へ向けての飛躍的な農業生産力の伸びは、莫大な国家資金を投じた、国家的戦略によるものである。何よりこの予測が、高度資本主義下の農業というものの位置づけを雄弁に物語っている。農は「土地」ごと、「資本主義」の中に浮遊している。
農業生産力を消費の拡大を超えて増加できる戦略的能力を持っている「国家」はアメリカしかないのだ。

……なんたることだろう。この世界は、すでに壊れているのではないか…。

かくて、2020年、日中は食料争奪戦にしのぎを削り、アメリカの食糧戦略は世界一極支配を貫徹する、だろう。
そのとき、日中韓は食料的に自立できず、アメリカに依存せざるを得ないこととなる。
そして、ニホンという地域は特に自給率が低く、現在中東の石油に依存していたように、アメリカの食糧に依存するのだが、中国の10分の一の人口しかない(つまり2020年には経済規模においても中国よりはるかに小さく市場としての魅力も小さい)ニホンが、十分な食料を十分な条件で確保できるかどうかは「大いに懸念される」というのだ。(もちろん中国は中国で「懸念」されるわけだが、中国政府は穀物自給95%を目指す政策に取り組んでいる)
アメリカにとって食料は戦略物資である。アメリカだけに頼ることで様々な困難をも招来するであろうことは、容易に予想できることであろう。

そもそも確保する以前に、中国との食料争奪戦を闘わねばならないなどということ自体が大問題で、それは(かつて第2次大戦でアメリカと闘ったことのように)非常な困難を伴うものであり、生活者大衆に多大な負担を強い、国内的にも国際的にも大きなマイナスであるだろう。

     ※     ※     ※

自国主義的かつゲーム的な行政発想?

OECDにおいて『2020年の世界』を主導的にまとめた立場からの筆者の立論は極めて実務的で明快である。日本の農業とかには何の感傷もなく、「国益」を図ることを政府に提唱する。もちろん、国内向けのしかもうすい新書なので、日本政府向けに書いていて、かつ内容もとても圧縮されているのだろうが、こんなに「自国主義」的な行政的なもの言いで、ゲームみたいな数字の論理だけで本当に良いのだろうか、と思ってしまう。
どこかに人間の個体性や不可能な本来性への通路があるべきなのではないか――。

     ※     ※     ※

近代が強いる「食の不在」からポストモダンの「食の露出」へ

もちろん、食料を確保できるかどうかは、個人にとっても地域社会にとっても死活問題だ。肉体的にはまず、自然に拠って生きるものである人間にとって、食の不在はつまり身体の不在である。われわれはすでに潜在的には身体性の根拠を失いつつあるゾンビとして生きている。

身体の不在とは、自然の一部としての人間、自然に働きかけるものとしての人間の直接的感性的な把握の不在である。われわれは、「働きかける」ことにおいて露出する生な「自然」との接点を思想的にも実践的にも内部に回復させなければ、自然としての人間を見失う。共同幻想はいったん出来上がると、自然との疎外関係を見失い、共同幻想自体を目的化し、個人に対する桎梏と化する、のだから。

米が身体的にも精神的にも「主食」であった時代には、自然は物理的にも精神的にも「死」として、あるいは「食」として露出していたであろう。米が「主食」でなくなったのは、本質的には1969年の減反開始からであり、1993年の不作による「米不足騒動」を最後にいかなる意味でも主食ではなくなった。それは日本近代の貧困に満ちた「完成」であり、ポストモダンへの移行であった、だろう。

食において、ポストモダンとは、大方のポストモダニズム・ポスト構造主義の「主体の解体論」ではなく、「主体の外部論」をベースとした、「内部」化されつつなおも「外部」であり続けるところの自然性・身体性の回復を目指すものでなければならない、ように思われる――。
すなわち、近代の「食の不在」からポストモダンの「食の露出」へ、である。


※     ※     ※

■谷口誠「東アジア共同体」岩波新書2004年11月19日

目次
はしがき
第一章 なぜ、いま東アジアに地域統合が必要か…1
  1 グローバリゼーション下の地域化 1
  2 GATT/WTOの機能麻痺 2
  3 地域化の流れに乗り遅れた日本 4
  4 なぜ東アジアの地域統合が遅れたのか 6
第二章 動き出した東アジアの地域統合…11
  1 ASEANの役割の拡大 11
  2 地域統合へのきっかけとなったアジア通貨危機 20
  3 中国の地域統合への積極的な動き 25
  4 中国に次いで積極的な韓国の動き 28
  5 やっと動き出した日本の対応 29
  6 「東アジア・コミュニティ」構想の問題点 38
第三章 地域統合への障害は何か…43
  1 「東アジア共同体」は幻想か 43
  2 「共同体意識」 46
  3 新しい日中関係を構築するには 50
  4 対アジア外交の意識改革をするには 61
  5 「東アジア共同体」への現実的アプローチ 76
第四章 「東アジア経済共同体」の可能性…79
  1 東アジア経済の大きな潜在力 79
  2 日・中・韓の連携こそがカギ 99
第五章 「東アジア経済共同体」のメリット…105
  1 東アジアの協調的分業体制の確立 105
  2 日本経済を活性化するには 107
  3 日本に期待される役割 112
第六章 「東アジア経済共同体」の成立のために…123
  1 日本はより積極的で具体的な貢献を 123
  2 環境分野での地域協力 127
  3 エネルギー分野での地域協力 143
  4 農業分野における地域協力――「東アジア共通農業政策」 155
  5 アジアの通貨・金融協力――「アジア共通通貨圏」への道 187
第七章 さらに「東アジア共同体」をめざして

主要参考文献

■谷口誠「東アジア共同体」に触れて 1 農業の消滅危機からの脱出は1300年来の収奪構造からの自力解放にある

2009年09月06日

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アメリカ市場原理主義批判、東アジア共同体目指す――今までにない論旨明快な「自前」の思考を提起した(ように見える)鳩山論文

総選挙の投開票も迫った8月27日、民主党代表で次期首相の鳩山由紀夫氏の論文(の抜粋?)がニューヨークタイムズなど世界の主要英字紙に掲載された。
内容は@ドル機軸通貨体制、アメリカのグローバリズム、新自由主義への疑問と意義申し立てA日米安保体制を日本の外交政策の礎石としつつ、「東アジア共同体」として地域統合と地域集団安全保障を目指す、としている。
安全保障にまで踏み込んで明快に「東アジア共同体」志向を言表しており、その明快さでも今までにないことだが、古代以来「外来思想」に拠って自らを律してきたこのシマグニの伝統にそぐわない自己主張という意味でも新味がある。
まして第2次大戦後は、アメリカの物心両面の保護下で、アメリカの「指導」に従ってきたことから言えば、相当な「反抗」とはいえよう。ただその主張の基礎として、何ほどか深みのある本当の「自前」の社会的経済的な思想や理念や政策があるようには思えない。まただからといって空疎なナショナリズムの心情をうたっているわけでもないのだが、このままでは、これまた伝統的ともいえる根拠のない空威張りになりかねない、と思ってしまう。

たまたまその時に、ちかごろあちこちで眼にするようになった「東アジア共同体」の基礎資料として、主導的な提唱者である谷口誠の「東アジア共同体」(岩波新書)を読んでいる最中だったったので、実にタイムリーだったのだ。
当面のわたしの関心の対象である農業の存立の危機をめぐるいくつかををかんがえてみる。

「農」の現在

農業の低所得という現実

ニホンというこの地域の農業は消滅の危機に瀕しているということはよく耳にするし、口にもしてきた。しかし、ではどのような未来を描くことが可能でどのようにあるべきか、またその上でどのように現在の状況に対処するべきかという具体的な対処法については明確な回答を持っていない。
問題を提出、または感じながら、解決法については眼を閉ざしているのである。

ニホンの農業が消滅していくのは跡継ぎがいないからである。跡継ぎがいないのは個人が営む事業として、農業に魅力がないからである。農業の魅力のなさは高度成長期に強く言われたようにかっこ悪くて収入が少ないからだ。農業従事者一人当たりの所得は年間110万円ほどでしかない。
かっこ悪いから収入が少ないわけではないが、収入が少ないからかっこ悪い、という面はたぶんにある。「近代」にあっては「農」は時代遅れだと思われてきたから、基本的にかっこよくはないので、横文字職業のように貧乏でもかっこいいというわけには行かない。つまり収入の少なさが根源なのである。

2001年ITバブルの崩壊後、アメリカグローバリズム(市場原理主義)に追従する「改革」政策によって「格差」が拡大し「ロスジェネ」世代の貧困が問題となってから、農業は、会社みたいに管理されない新しい就職先として注目されるようになっているが、実際には農業でメシが食える時代になったわけではなく、新規就農者の経済的困難は従来の農業者と変わりはしないのである

収奪されるものとしての1300年の歴史

それは「ニホン」国成立以来、農業は一度も産業として考えられたことがなく、ひたすら支配共同体の収奪の対象だったからだ。江戸期の新田開発が限定的だったのも、市民革命の中核たる自作農の創設(農地解放)を自力でできず1946年の占領軍指令によって実現できたのもその結果である。また農の側は、いくぶんか、この日本支配共同体のなかの宿命的ともいえそうな生かさず殺さずの収奪構造のなかの被収奪者とい、立場にむしろ甘んじてもたれて、場合によっては「農本主義」などというとんでもない錯誤の快感さえ感じる奴隷根性が身についていたといえなくもない、と書いておこう。

もちろん農と食は同源にして一体、不可分のものであり、社会に不可欠の基盤である。が、伝統的支配共同体は、自身は農から出自した(または引き継いだ)ものであるにもかかわらず(いや、だからこそその実体を隠蔽し)、農に携わるものを無視し、その生産物たる食を収奪することのみに尽力してきたのである。(672年壬申の乱を経ての天武王朝の成立を持って、一応ニホンにおける統一政権成立=支配共同体成立とみなして、のはなし)

農業消滅の危機

現在の状況下で農業で大企業のサラリーマン並みの収入を上げるには、生産者米価が60kg15000円から今年は12000円ほどに下がってしまった現在の状況では、米作なら10町歩(ha)以上、都市近郊の畑作なら2〜3町歩以上ほどの農地が必要である。しかし、「1軒の家」の家族経営で10町歩の水田を耕作するのは機械化すれば作業的には不可能ではないが労働はきつい。外部労働力は導入不可能ではないが、導入すれば途端に一人当たり収入は大きく減って、もとの木阿弥だ。

そして、現実には水田農家の平均耕作面積は1.5haほど、新潟西蒲原の機械化水田地帯で3haほどである。これでは殆どの農家が、採算割れか、または農業だけでは満足に生活していけない。畑作でも同様である。
その結果農業人口は1960年をピークに下がり続け2009年度は290万人で5分の一に減った。しかも6割以上が65歳以上である。ここ数年でも半減に近い減り方だ。
農業消滅の危機、といわねばならない現実がある。

農水省や政党の「無展望」と「対策」

この危機に瀕して、もちろん本質的な意味での理念的て展望や思想などというものはこのクニの支配共同体には存在しない。依然として農は収奪の対象でしかない時代が続いているのだ。

農水省の現在の方針は平成17年2005年の「食糧・農業・農村基本計画」や「農業経営の展望」http://www.maff.go.jp/keikaku/20050325/top.htm
に示されている。その対策の考え方は、「食糧自給率の向上」(40%を当面45%に)を大看板に掲げ、新規参入を促しつつ「大規模化」を図ることとし、10年後をイメージして家族経営の農家の規模を米作主体で15〜25haに設定、従事者一人当たりの年収を600〜950万に設定してそれぞれ「例示」している。つまり単純に言えば農家戸数を10分の一に減らせば農業は成立すると言っている。

しかし、この対策はこれまでもとられてきたものの延長線上にあり、農業に希望を見出せない「現場の現実」から組みあがってきたものではなく、上から見て数字の辻褄を合わせただけの作文のニオイが付きまとっており、具体策は推進力にも具体性にも力不足で説得力に欠けている(「家族経営」で15ha〜25haの水田耕作は、現状の機械化レベル、米の品質志向の状況下では作業時間的にも体力的にも相当無理があるだろう)。現に新規参入が増えた以外は進展しているとは言いがたい。

既成政党の政策を2009年衆院選マニフェストで見てみると自民党は現在の農産物に関する保護貿易主義を前提に、「担い手」にも「零細農家」にも補助制度を実施するとしている。当然だが農林省案に近く実効性は乏しいと推測される。
民主党は農産物自由化へ大きく舵を取ることを視野に、全農家を対象に税を使った「個別所得補償」を打ち出しているが莫大な税金が必要とされる。どちらかといえば農業を国際関係や国家システムの戦略部門と捉えるヨーロッパアメリカタイプである。(共産党や社民等を含む他の党も似たり寄ったりである)

政策の違いは「農」を資本主義的生産システムに組み込み「産業」化して「自立」させるか、または経済分配システムのなかで補助金予算に組み「政策的な延命」をするかである。
前者は支配共同体の資本主義的経済システムに適合し、「自然性」を解体しろと言っているし、後者は農業は資本主義的経済システムの外部に植民地的な異物として囲い込むといっている。どちらも農業を資本制の「外部」とみて、自分たちの秩序に合わせろといっているように見える。
しかしながら農業が存続するためには現時点では、もちろん両方必要だといわざるを得ないのである。
  
いずれにせよ農業の大きな魅力となるであろう収入を増やすための策が必要なのだが、様々な困難な条件の複雑な組み合わせのなかで、安定的な解決策を見出すことはとても困難なのであって、今後、農業を持続させるための1)根本的な経営体の規模の拡大と2)生産性・品質の安定向上、3)価格設定のアップと、4)所得保障をも含む補助金という4つが組み合わさって、実現可能な形態を生み出していかねばならない。逆に言えば、いまはまだ、存続可能というような見通しは、ないのだ。
  
米・欧の「戦略的」農業対策  

アメリカ・ヨーロッパでは農業=食料は国家的な戦略部門であって、アメリカは莫大な補助と補償によって農業生産を拡大・維持し国際的な戦略物資としているし、ヨーロッパでは防衛的な食糧安全保障の観点から直接所得保障を含む、やはり莫大な補助とともに国際的な貿易協定により農の存続と食の確保に努めている。

そうまでして農業を存続させようとするのは、あまりにも自明ながら農業がわたしたちが生きる社会にとって必要だから、である。

現実には、このような欧米タイプの国家的・国際的政策としての取り組みがなければ、このクニの農も存続は、相当に困難であるだろう。
しかし、そこには支配共同体の収奪対象ではなくなり、むしろその末端に並ぶことになった、ただの量とカロリーと価格に換算される食品製造産業、ただの経済一部門としての農があるだけだ。

1300年の支配共同体から自立する本来性としての農へ 
 
繰り返すが、農と食は同源にして一体、不可分のものであり、社会に不可欠の基盤である。
感傷的なロマンチシズムではなく、自然との相互作用という人間の存在の根源的形態として存在する農というものを、経済的社会的に冷静に根本的に捉えなおし、困難でも自力で存続の条件を獲得するべく立ち上がることが必須であると思われる。
そして、仮に日本の農業が存続していくなら、存続可能なら当然だが、単に所得補償や補助金で延命しているだけでなく、世界の農産物市場の秩序に適合していなければ、発展も成長もないのだということも自明であるように思われる。

例えば、農産物環境・農・食・アジア・自治に関する良質本出版にこだわる大江正章の出版社コモンズから出ている「有機農業で世界が養える」では、有機農法のほうが「慣行農業」に比べ1.3倍の生産性を上げることができるとしている。
また大江自身は北海道新聞2008年3月25日号に「食・安さ考え直すとき―安心・安全支える農業に対価を」を寄稿し農業に正当な対価を与えるべきだと主張している。

これらは、クニからする補助や補償とは無関係に、農の内部で取り組むべき課題を指し示しているように思われる。
「国家戦略」として与えられる補助や、補償やは現実的に受け入れざるを得ないだろう。しかし本質的には、自然と人間との存在形態の根源性に根ざした、本来性としての農の姿が捉えられなければ、将来にわたってこのクニの農の真の自立はないだろう。

このクニの農は1300年余の収奪構造から、自力で自らを解放しなければ消滅する、という瀬戸際に臨んでいる。

宮崎学「叛乱者グラフィティ」〜「生きること」より「生き方」が大事という倫理の論理

2009年09月02日

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■宮崎学「叛乱者グラフィティ」朝日新聞社2002年8月5日、1300円+税

目次

はじめに1
T 『査問』への道 11
   川上徹 1940年生まれ 元日共系全学連委員長 91年離党 現在出版社「同時代社」主宰
U マグロ船に乗り込んで 31
   福田武 1945年埋めれ 65年早稲田入学 元早大全学共闘会議事務局長 71年中退 不動産業などを営む
V 「原理主義」という不毛 51
   呉智英(くれもとふさ) 1946年名古屋生まれ 65年早大法学部入学 元無党派新左翼活動家 著述家
W 体育会系文学青年、ポルシェに乗る 73
   荒岱介 1945年千葉生まれ 65年早大法学部入学 元ブント戦旗派代表 現在は実践社経営、編集者・著述家
X 壮大なるゼロ 93
   三上治 1941年三重生まれ 60年中大法学部入学 元共産同叛旗派議長 1975年離脱 著書に「1960年代論」など 編集・校正業 聚珍社代表を務めた

Y 成田空港いまだ使わず 115
   大口昭彦 1944年生まれ 63年早大政経学部入学 元早大全学共闘会議議長(社青同解放派) 66年除籍 70年 京大入学 弁護士 救援活動にいそしむ   
Z 機関銃工場に殴り込む 129
   朝倉喬史 1943年岐阜生まれ 元アナーキストグループ活動家 早大第一文学部中退 ノンフィクション作家
[ 「異国」の中の少年 147
   崔洋一 1949年生まれ 元社会主義学生同盟ML派 東京朝鮮高校、東京総合写真学校卒 映画監督
\ 「脱マル派」を生きる 161
   設楽清嗣 1941年生まれ 元構造改革派 慶大文学部 93年労組「東京管理職ユニオン」結成
] 連合赤軍と下級戦闘員 177
   植垣康博 1949年静岡生まれ 元赤軍派〜連合赤軍 67年弘前大理学部 98年出所後スナック経営
]T 逃亡・潜行十年七ヶ月 199
   竹本信弘(滝田修) 1940年京都生まれ 元京大パルチザン活動家 ローザ・ルクセンブルグ研究家 著述業
付論 キツネ目は「スパイ」か?
エピローグ――帰ってきた重信房子

     ※     ※     ※

宮崎は1945年京都伏見生まれ 1965年早稲田大学法学部入学、68〜9年東大闘争などで日本共産党の学生ゲバルト部隊長として知られる。また京都伏見のやくざ、寺村組組長の息子で、1975年運動離脱後は家業の解体業を継いだが倒産した。この間「闇家業」にも従事、グリコ・森永事件では「キツネ目の男」と疑われる。著書に『突破者』『突破者それから』『オウム解体』『「正義」を叫ぶ者こそ疑え』など。

波乱の行程をたどる人であり、いくらか、どころでなくヤクザ、地上げ屋も実践してきた、怪しげな「汚れ役、悪役」の影の付きまとう悪意の人かと思わせて、実は愚直といえるほどに率直な(そこが魅力的で三上治や荒岱介より人物的な陰影に富んで面白い)宮崎の60年代新左翼活動家との対話集。(朝日新聞社の「論座」なんていう論壇雑誌に連載したのもどうしたことかと思わせるが、単行本化に当たっては公安スパイ事件が起きたりしているのは、いかにもという感じ、が面白くせつない)
対話を通じて「60年代」を総括しようと試みるが、感覚的には驚くほど明るく健全に60年代の人であるはずの宮崎にはいくらか「60年以前」の言葉に縛られている気配があって、その感覚と言葉(ここでは概念とか、思い込み)のギャップが逆にこの本を書かせたり、様々に活動するエネルギーの源泉になっているように思われるのは一種痛快で悲劇的な逆説である。
対話者11名は、当時の運動からは離れているが、だからといって保守主義に転向したものはいない。むしろ当時を「反省」しつつ運動にかかわったときの「初心」を貫こうとしている。荒岱介の『破天荒な人々』でもそうだった。
反省したり自己批判したりすることはあっても後悔はしていないのも同様だ。
対話はうまく編集されていて、60年代の指摘すべき達成と欠如(問題点)を(ときに無意識に、または逆説的に)明快に照射している。この明快さは、得がたい。

     ※     ※     ※     ※

宮崎は、まえがきで、運動の記憶ははっきりと覚えているが、その後の生業の記憶は忘れていることが多い、と述べた後、このように述べる。
   
   運動の中で問われたものは「生き方」であった。
   生業の中で問われたものは「生きる」ということであった。
   「生き方」と「生きる」ということ、その重要性、切実性が転倒
したまま、今日に至ってしまったのではないか。

もちろん、それでよいのだ。60年代の叛乱が持った意味は「生き方」の再構築抜きには「生きる」ことは不可能だという全世界的な人類の精神史の転機=危機だったのであり、「切実」な自己変革を一人ひとりの個人が強いられ、実践せざるを得なかったということなのだ。「生き方」(を構築すること)が「生きる」ことの内実そのものであったのであり、転倒していたのは時代のほうだったのである。だからこそ「自己否定」は大衆的に高揚したし、「生き方」の「原点」だけを手にしたものたちは、その後「生きる」場を模索し、あるいは放棄し、または新たに作りださねばならなかった。もっともそれは、60年以降、いや、1920年代以降ずっとそうなのだ。近代とは、そういう時代なのである。まただからこそ「個人」を前面に押し出したのであり、個人はやむを得ず押し出されてしまった、のだ。
それは「近代」が完成段階に達して、「前近代」=封建遺制としての権威的ヒエラルキーや支配共同体の秩序やを個人の内部において廃棄して、新しい「倫理」の論理を打ち立てる時代であったといえよう。

ここでは、それぞれに誠実なポストモダン時代の「新しい倫理」の論理が、語られている。 

    ※     ※     ※

いくつか書き抜いておこう。

1 川上徹との対話
  
(官僚腐敗の要因として、「その組織に属することによってのみ、その個人(官僚)は社会的地位を吹含む生活を保障されている思い込む。そして、あるときから、組織が存在することがあって個人が成り立つという「逆転」の思考へと入り込むのである」と述べて、話柄を共産党に戻す)

  共産党の場合も同様ではなかろうか。共産党にいることで社会を変
  革できる可能性、つまり社会性というものをもつ、と同時に専従の
  職員になれば組織が生活になってしまう。〜略〜そこに共産党の党
  組織が全人生をも支配してしまうことになり、それから離れること
  の恐怖感を日々蓄積していくことになったのではないか。
  それは結局は万世一系の組織ではないかというふうに考えざるを得
  ない。官僚組織もそうであるように共産党組織というのはスターリ
  ン主義というような表面的なものではなく、表面的なものでは計り
  知れない深さをもって存在している組織、つまり、極めて日本的な
  万世一系の組織ということになりはしないだろうか。
     ――P26

もちろん、そのような「計り知れない深さを持って存在している組織」をスターリニズムと呼ぶのであり、それは天皇制とも、会社優先の日本企業統治システムとも相通じるものである。そのような支配の共同体は前近代的な生産力の時代の遺物であり、近代の補完物として有効であるがゆえに生き延びていたが、1960年代「高度資本主義化」時代の到来とともに、本質的には死滅してゆく。

2 福田との対話

   60年代を「総括」する方法として、知的に総括する方法と肉体的
  に総括する方法がある。福田は後者の方法を取った。70年代の初期
  に社会企画社というグループを解散した時点で、福田は肉体的総括
  の道を決意したと思われる。借金返済のためにマグロ船や中積み船
  で二航海もしたのはかれ特有のロマンの追求であったろうが、同時
  に60年代の運動への福田的無言の痛烈な批判だったのではなかろう
  か。
     ――P48

「肉体」の偏重は60年代の本質であって、福田の潔さはむしろ、60年代の「身体性」を直接性において「肉体化するもの」として60年代的である。それが批判であるとすれば60年代の運動を錯誤した「党」への身体的な否認としてラディカルであっただろう。
(福田の潔さは、個人的にうらやましい。わたしにもその知恵と踏ん切りがあってほしかった)

3 呉智英との対話

   宮崎 まず、旧左翼、新左翼という問題があるよね。それで言
      うと、新左翼というのが60年安保の時に共産党を超える形
      として登場するのだが、俺、やっぱりその超え方が問題だ
      ったと思うんだよ。それは例えば「レーニンはこういって
      いることから言えば、共産党はおかしい」とか「マルクス
      がこういっているところから言うと、共産党はおかしい」
      というように、より原理主義的に依拠して説明するわけ。
      それ自体を否定せずに「よりレーニンなのか、マルクスな
      のか」ということでの競い合いをやった。
   呉  それはね、その中に原理主義があるわけだから、それを言
      うわけでしょ。
   宮崎 そう、そう。
   呉  そういわれると皆、何か自分が悪くないというふうに思わ
      れたいものだから、そうじゃあないって、より過激な方針
      を出すわけだ。〜略〜


   宮崎 新左翼は「反帝・反スタ」ということで原理を持っていて、
      「反帝」で国を倒そうということになり、同時に「反ス
      タ」で共産党を否定することになる。けれど、彼らの作っ
      た組織というのは共産党よりひどい組織を作っちゃってい
      るように俺には思える。
   呉  国家より国家的というか、抑圧的なものを作っている。
   〜略〜
   呉  そうそう。というのは、原理主義というのは楽なんだよ。
      自分に責任がないから。原理でかんがえて、原理に責任負
      わせればいいわけだ。
      ――P69

支配共同体内部では、「原理主義」が「故郷」になる。「故郷」は人をひきつけ安心させる求心力である。だから、人は原理主義のもとに集まり、原理主義が支配共同体を制覇してしまう。
党(支配共同体)の問題に加えて、個人の露出の問題とも違う、人間の暗黒が提出されていると思う。ひとはその暗黒部として人に打ち勝つことを価値とする思想を持つ。


5 荒岱介との対話

 荒  かつての新左翼が、俺たちがやってきたことは継承したい。だ
   けど、いったん夢破れたこと、これは認める以外ない。夢が破れ
   たことということは悲惨なことだよ。俺、苦しんだよ。スイスイ
   じゃあないよ。自分は人生賭けて、刑務所にも入ってやったんだ
   けど、できなかったんだ。できない夢を追っている、無理なんだ
   というところからもう一回いくしかないんじゃあないか。
 宮崎 そうなんだろうね。
 荒  かなり悩んだ結果、最終的には共産主義者同盟という名前もや
   めちゃった。今、「BUND」って名乗っている。ただのブント。ブ
   ントというのはドイツ語でいえば「同盟」ということだけど、そ
   れは決して共産主義者同盟ではなく、ただの同盟なんだよ。
 宮崎 90年代の路線転換に当たって、荒の頭の中での格闘って言うの
   はずいぶんなったんだろうということは推測できる。しかし、あ
   る程度の人数の若い奴が集まっていただろうから、そっちのほう
   もそれは大変だっただろう。
 荒  10年ぐらいかかった。80年代の末からずっと論争してて、名前
   を変えたのは97年ぐらいで、その間、討論を続けていたからね。
   俺は60年代から三里塚闘争をやっているわけだが、もとをただせ
   ば、三里塚は農民が土地を守る戦いで、共産主義を目指す運動じ
   ゃない。その理屈からいけば、結局、教義を目指さない運動でい
   いんだという風になっていったんだ。だけど、教義を目指さない
   というのがなかなか難しくて、今もって暗中模索なんですよ。
      ――P84

6 三上治との対話

   三上のその十五年間は、社会変革というものが、イデオロギッシュ
   に意思統一された党派の指導者によって、絶対になし得ないこと
   を、自らが証明した歳月であったとわたしは考える。
   旧ソ連や東ドイツを崩壊せしめたのは、党派ではなかった。むし
   ろ闇市場に見られる、人間の自然なあるがままの欲求が、巨大帝
   国を解体させた。重ねて言うが、党派によってなされた業ではな
   かったのである。
      ――P105

三上の『1960年代論』『1960年代論2』『1970年代論』は以前に触れた。同時代の意味を問い続ける強い意志が感じられる。

7 設楽清嗣との対話
   
 設楽 層としての学生運動や学園全体の共同体が壊れていく。それを
   何とかしたいという焦り、危機感、疎外感が、64年から67年ごろ
   までの私学で、学費値上げ反対闘争を次々に起こしてきたという
   流れがあります。
   〜略〜
   日本の新左翼という党派が、学園闘争のエネルギー、学生大衆の
   持っている疎外感や危機感を的確につかんでいたとは思えないん
   ですね。政治スローガンだけが前のめりにでてきて、新左翼党派
   主義の運動の在り方がずれたまま情勢に流されていった。
     ――P166

 宮崎 この時代、60年代には、学生とか大学とか言う共同体の意識と
   いうのは、まだそこはかとなくあったと思うんですね。
 設楽 ちゃんとありましたよ。その共同体というものが高度経済成長
   の中でゆらいできた。知識人とか知的大衆としての学生がちょっ
   と危ないというようにね。さらに高度成長と経済システムの転換
   の中で、そういうものがもたないというか、象牙の塔で何か言っ
   ているような知識人の像なんていうのは、もうすっ飛んでしまい
   かねないような状況がじわじわ来ていた。それでいて成長する消
   費文明の中で「これは俺の自由なんだから余計なことは言わない
   でくれ」というような若者文化的なわがままを含めた瀰漫化した
   民主主義がだーっと蔓延していた。そういう状況についても、な
   んて言うのかな、「民主主義ってこんなんでいいのか」「世の中
   はどんどん変化していくがこんなんでいいのか」というような思
   いが絶えず苛立ちとしてあったね。だから、どっかで不満が爆発
   してもいいような環境と条件はたくさんあった。喧嘩するのか、
   デモやるのか、学園紛争やるのか、何かやりたいという衝動がい
   つも動いているところがあった。  
     ――P175

「学生とか大学とかいう共同体」は、田舎者のわたしには高校時代までは、何がしか感じられた。1973年の東京では文字通りの残滓がそこここに残っているような感じで、学生たちは巨大化し、商業化の波にあらわれて行く大学と大衆消費社会の中で根無し草のような意識で彷徨っていた、であろう。

8 竹本信弘との対話
  
 竹本 「すべての革命は、大衆や民衆がやるのであって、自分がやる
   のではない」とローザは全人格をもって訴えているわけですよ。
   しかし具体的にはなにも教えてくれへんから、それを聞いたSPD
   の中央派や右派はやはりまどろっこしい。レーニンの場合は1か
   ら10まで細かく指示して「この通りにやれ」というでしょ。ロー
   ザはレーニンと違って、そういうことを一切言わない。〜略〜要
   するにローザは、そういう細かいことは、皆の中からでてくるも
   のであって、作り出すものではないということを言っているわけ
   だ。
     ――P210

京大パルチザンを組織し、ローザ・ルクセンブルグの研究家として知られる竹本は10年に及ぶ逃亡の果て、身もふたもない捕まり方をした(愛猫のつよしの話は泣かせる)。
日本支配共同体の警察機構は当時まだ、近代官僚機構の一方の極として、また封建的権力意識の極として、非常に強い権力意識を、体現していたのであった。
ローザの思想が、本格的に理解され、現実のものとなるのは、この国において真の個人意識が確立した1985年以降のことであろう、と思う。さらにむしろ今の時代にこそこそ、成熟した主権意識、個人意識を媒介に、自立的自発的な個人の運動意識が、共同体優先主義の組織秩序に優先して、動的に矛盾を矛盾として実現し宙吊りにしていくような対応が可能であるだろうか。

9 あとがき

  ただしわたし個人としては、現在の社会体制、特に今、作られよう
 としているソフトでクリーンな全体主義に対決し、清く正しく美し
 くではなく、汚れ曲がって醜くとも、自分なりにラジカルだと思うや
 り方で個人的に闘い続けていくだけです。自分が生きるためにです。
 別にいいよ、俺は俺で闘うから、そういう気持ちです。元からそうい
 う気持ちでしたから。  
     ――P228

個人が個人として、勝手に闘い続けることが当たり前になったということは、個人の価値が共同秩序に優先する時代になったということだ。しかもそれが一部「知識人」だけではなく大衆的に当たり前になってきた。前近代の共同体は最早その残像さえなく、近代の人間主義は最終的に資本の秩序の暴力性に、「世界を獲得」しえない個人としてじかに晒されている。
それでもなお、個人は個人として宮崎の言うように「俺は俺で闘う」ことを続けていかねばならない、のだろう。

    ※     ※     ※

人間は、また人間のつくるこの社会は、「自然成長的」にあるかぎり個人を救い出しはしない。
われわれは自然との対峙の仕方、社会というものの動力源(=剰余価値)を根本的に考え直す必要があるのではないか。

60年代から、すでに遠く、80年前半には封建遺制の残滓は一掃され、土地・IT・金融という本来それ自体としては「商品」になってはならない3種の禁じ手にまで踏み込んだあげく、3度ものバブル経済とその破産を体験した。
いい加減にしないといけないのではないか。
その3度目のバブル崩壊のあとの2009年に立って返り見ると、われわれには「生きること」より「生き方」のほうこそが大事なのであって、その視線は肉体的生存の資源たる自然とのかかわり方にまで及ぶのである、と60年代の叛乱者たちは告げているように思われる。

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