4月も延長!!ユミ・カツラ45周年のトシ・ヨロイヅカの豪華でパワフルなタルトフレーズ

2009年03月31日

メニューとして実施してすぐ、「美味しい」という声が聞こえるようになった。10日目をすぎて、3月20日ごろから、「ヨロイヅカさんのタルトを」、とご指名で、予約が入るようになった。
ほんとに、まじめに、あまりの美味しさ、あまりの好評に、鎧塚氏に「もうちょっと延長を…」と頼んでみた。
生真面目な鎧塚さん、「苺がね、美味しくなくなるでしょ、これから…」という。
「いやいや、地植えの生命力の強いイチゴは5月ごろですよ(わたしは自分で作っていたからわかるぅぅぅ!!!)」と押してみた。
「いいですよ、でもウチの店のももうすぐやめるから、いい苺のあるあいだ、ですよ」とOKがでた(^^♪

ヨロイヅカならではの繊細なバランスと、それぞれの要素の力強さがマッチした「傑作」タルト・フレーズ(苺のタルト)、もうしばらく、「良い苺」のあるあいだ、Cafe Rose Yumi Roseで食べられる♪♪

  ※     ※     ※     ※

3月8日、新商品“アシェット タルトフレーズ”(イチゴのタルトのデザート)がメニューに加わった。
(3月一杯の限定メニューである、が、あまりの美味しさに、定番化しよう、と思っている…)
090305タルト・フレーズ2.jpg

初日は下のように盛り付けを変えてご提供。
たっぷり3個分のイチゴが乗っている。
サクサクの上質なタルトベースに、甘すぎない微妙に調整されたバランスの良いカスタードがやさしく、絶妙にマッチする。
これだけでも十分だが、
中には、すごいものが隠れていた。
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中には、なんとたっぷりの、とろとろのイチゴのソース。
これがたまらない。
甘やかで深く濃く苺の美味しさを凝縮している。
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イチゴにカスタードで一口。
イチゴのさわやかさとカスタードのやさしい甘やかさ。
ソースだけで一口。
濃厚なイチゴのエキスに酔ってしまいそう。
やっぱり、全部まとめて、だな。
全体を6分の1にカットした、“それ”、
をソースがたっぷり入っていることを確かめて、
一気に口へ。
さくさくも、さわやかも甘やかも、濃くて深ーいやつも
十分に自己主張しながら、
網目のように交じり合って一杯に広がる…。

ふぅ〜、ごちそうさま。
この小宇宙のようなアシェット タルトフレーズ1200円。

初期のトシ・マンデルクローネのような力強いベースと、
鎧塚氏ならではの繊細な、微妙なバランスが
上手く息をあわせた上等な一品。傑作だ。


  *     *     *     *

Cafe Rose Yumi Rose
港区南青山1-25-3 桂由美ブライダルハウス2F
TEL 03-3408-7990
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4月10日をバナナ記念日に〜Rose Yumi Rose「最強のバナナケーキ」2

2009年03月24日

バナナは学名Musa spp.、ショウガ目バショウ科バショウ属である。
スウェーデンの博物学者リンネの命名になる学名もゆかしく、
ローマ初代皇帝アウグスツスの侍医の名に由来するといわれるが、
Musaはギリシャ神話の9人姉妹の芸術神の名、である。
由緒ただしい、のである。
人類との付き合いは古く、紀元前5000年〜1万年ごろには栽培化されていた。マレー半島とフィリピンを原産地とする。

バナナ 種.jpg
原種の果実にはたくさんの種が含まれるが、2つの原種の交配により出来上がった「たねなしバナナ」が、わたしたちの知るバナナである。
「果実」というが、草本であり、「果物(くだもの)」ではなく「野菜」である。
したがって、「バナナの木」と言われ、木の幹のように見えるものは花茎を、葉が何層にも包んでいるもので、「草」としてのほんとうの「茎」は地下にある。
つまり花だけが地上に伸びて10数メートルにもなるのだ。

ダイエットでも流行したバナナは、低カロリーで満腹感が得られ、ビタミンB1、B2、B6、カリウム・マグネシウム、葉酸、食物繊維を野菜・果実の中で、もっとも大量に含むヘルシーな食べ物の王様である。
バナナの栄養のコピー.jpg
バナナ大学 よりコピー

現在栽培されるバナナは、デザート種といわれる「キャンベデイッシュ」が過半を占める。アフリカ中部から西部にかけての地域では主食として料理バナナが栽培されている地域が、相当ある。が生産量など詳しいことは統計がなく、わからない。

世界の総生産量は1億トン超といわれる(アフリカ除く)。ちなみに米の総生産量は約6億トン。小麦の生産量は米よりやや少ない5億5千万トンほど。

日本へは沖縄、南九州に1500年代〜1800年代に伝わったようだ。
輸入は1903年、明治36年4月10日台湾から日本へ向けて7籠のバナナが、大阪商船社の恒春丸に船積みされ、出航したのがはじめとされている。
4月10日は「バナナ記念日」にふさわしいかもしれない、ではないか。

*     *     *     *

Cafe Rose Yumi Rose
港区南青山1-25-3 桂由美ブライダルハウス2F
TEL 03-3408-7990
水曜定休
営業時間 11:00〜19:00L.O.(日祝のみ18:00L.O.)
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4月のための、3色のスウィーツ〜Rose Yumi Rose「最強のバナナケーキ」1

2009年03月23日

4月のためのスウィーツの撮影。

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清水美知子先生レシピの
どっしり、しっとり、濃い味わいのバナナケーキ。
バナナが濃く、バナナだけを食べるより、
もっとバナナが凝縮されている。
これだけでおなかいっぱいになるかも。
(は、チョっとオーバーだな)
バナナの美味しさがぎっしり詰まった、
史上最強のバナナケーキ。

グラスにはパンナコッタに抹茶のソース。
恒例(?)のイチゴとバナナを添えて。

090324 4月の三色9点のコピー.jpg

撮影後、上のように9ショット並べてみた。
右下、がケーキの表情が、イチゴの表情も、
よくでているので、これでメニューを作ろうと思った。
スタッフの、佳奈ちゃんと、やっちゃんから、
“真ん中ぁぁぁぁ!!!!!!”
と、すぐにダメだしがきた。

なるほど、ケーキの迫力がよくでているし
右下は「ケーキのおしり」になっている。
娘たちの言うことも、
なかなか、である。

4月1日より800円(ドリンクセット1,200円)で提供予定。

*     *     *     *

Cafe Rose Yumi Rose
港区南青山1-25-3 桂由美ブライダルハウス2F
TEL 03-3408-7990
水曜定休
営業時間 11:00〜19:00L.O.(日祝のみ18:00L.O.)
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Rose Yumi Roseの春らしい野菜とシーフードのグラタン

2009年03月20日

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最近のまかないである。佳奈ちゃん作。
彩りのきれいな野菜とシーフードがいっぱいのグラタン。
野菜は塩やワインで茹でて下味をつける。
えびも同様である。
ベシャメルは一からその場で作る。

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なんといっても、
大ぶりの野菜が、食感も、野菜そのものの味もたのしめ、魅力的だ。
ワインで風味をつけたえびもホワイトソースもバランスよく、
一体となってあったかくなる味わい。

春野菜で仕立てて、
4月のメニューに出来る、かな。
たのしみ、楽しみ♪

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Cafe Rose Yumi Rose
港区南青山1-25-3 桂由美ブライダルハウス2F
TEL 03-3408-7990
水曜定休
営業時間 11:00〜19:00L.O.(日祝のみ18:00L.O.)

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共同幻想論6 共同幻想論の発想〜ドイツイデオロギーの「国家の本質」

2009年03月20日

マルクスから、直接に幻想論の示唆があるのは、『ドイツイデオロギー』の以下のような部分である。

  とにかく分業と私有は同じ表現であり――同じことが前者では活動
  についていいあらわらされ、後者では活動の生産物についていいあ
  らわされているのである。――さらに分業と同時に、、個々の個人
  または個々の家族の利害と、互いに交通するすべての共同利害との
  矛盾が与えられる。しかもこの共同利害はたんに観念の中に『一般
  的なもの』(Allgemeines)として存在するのではなく、分業が行
  われている諸個人のあいだの相互的な関係としてまず現実の中に存
  在する。
    ――岩波文庫「ドイツイデオロギー」『フォイエルバッハ』P43

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「分業」とか。「交通」とか「共同」とか「一般」とかのマルクス用語の理解は注意を要する。「普遍的」がたんなる共通性でなく「普遍化されたあるべきあり方=当為」であるように、だ。
ここでは、思考のメモの段階で、叙述は平易でわかりやすい。
「分業」は深遠な用語だが、ここではたんなる仕事の分割、と考えてよい。「分業」することによって、個人の利益は分断され、共同の利害と「矛盾」するようになる。これは私有財産制の発生と同じことだというのだ。

また個人と家族は、分割されておらず、個人の利害と家族の利害は一致している。これは大切なことである。(吉本はこれを無視して、「家族」というものを「性的な対幻想」に限定した。そのため、個人幻想と対幻想の関係はただただ性的な契機だけであり、個人はいきなり性的な存在として共同体(=国家)の成立によって疎外される当事者として現れるしかない。いわば「片肺の対幻想」をもって共同幻想に対峙した)

吉本が観念の領域で「共同幻想」と「個人幻想」が「逆立」する、というのは、実態的はこの分業に根ざしている。そして、その媒介項に「対幻想」を持ってきたのは、なぜだったのか。それは、実態的な自然的な過程を反映していない、ということであろうか。

※そしてマルクスによれば「分業」の確立は精神(=幻想)と肉体の分業、すなわち、「僧侶」が誕生したときだ、といっている。

続いて次のように言う。

  そして分業は、ただちにつぎのことの最初の実例をわれわれに提供
  する。すなわち、人間が自然成長的な社会のうちに存する限り、し
  たがって特殊利益と、共同利害との分裂が存するかぎり、したがっ
  てまた、活動が自由意志的でなく自然成長的に分割されいる限り、
  人間自身の行為は彼にとってよそよそしい対立的な力となり、そし
  て彼がこれを支配するのでなく、これが彼を抑圧するということの
  実例である。すなわち労働が分配されはじめるやいなや、各人は専
  属の活動範囲をもち、これはかれにおしつけられて、彼はこれから
  抜け出すことができない。かれは猟師、漁夫か牧人か批判的批判家
  かであり、そしてもしかれが生活の手段を失うまいとすれば、どこ
  までも「それ」でなければならない――これにたいして共産主義社
  会では、各人が一定の専属の活動範囲をもたずにどんな任意の部門
  においても修行を積むことができ、社会が全般の生産を規制する。
  そしてまさにそれゆえにこそ私はまったく、気の向くままに今日は
  これをし、明日はあれをし、朝には狩りをし、午後には魚をとり、
  夕べには家畜を飼い、食後には批判をすることができるようにな
  り、しかも猟師や漁夫や牧人または批判家になることはない。
    ――岩波文庫「ドイツイデオロギー」『フォイエルバッハ』P43〜44

微笑ましいマルクスの「共産主義」のイメージだ。このイメージが良いという意味で引用したのではない。あまりの素朴さに逆に感動したので、引用したのだ。もちろん、わたしは、こんな「共産主義」を望んでいないし、マルクスもそうだろう。ただ「このようにしか語れないこと」を、語ろうとしているのだ。ことは、労働形態の問題でなく、人間的自由の問題、である。したがってまた、これをもって「共産主義=計画経済」と考えるのはばかげたことである。
横道にそれてしまったが、しかし、こんな風に書いてみて考えるマルクスは、いいやつではないか!!と書いておきたい。
もちろんここでも「自然成長性(生産が強いる必然的過程であって、自然成長的な分業は私有と不平等な分配を意味する)」とか「社会(生産が強いる必然的な人と人との関係=市民社会)」とか「批判(=思考・考察・思想・精神)」とかの用語の理解には注意を要する。

本論に戻ろう。

  そしてまさに、特殊利害(個人の利益)と共同利害とのこの矛盾に
  基づいて、共同利害は、個別および全体の現実的利害から切り離さ
  れて国家として一つの独立な姿を取る。そして
  それはまた幻想的な共同性として、である。
    ――同前 P44

個人の現実的な利害から切り離された「共同利害」がひとびとに一つの「人格」のように現れること、こそは国家であり、それは人びとの共通な観念の中で造られた幻想的な共同性、である。といえばよいか。
吉本共同幻想論の国家観の成り立ちはまさにここにある。

引き続き、国家が、実在的な土台としているのは、「あらゆる家族的集合体、および種族的集合体の中に存する紐帯、たとえば血肉、言語、比較的に大規模な分業」とその時代の支配的階級であると述べ、したがって国家内の政治的社会的な闘争は階級間の闘争の幻想的形態であるといっている。

そして、ある階級がその階級の利害を「一般的利害」であるとしてかかげるためには、「やむをえ」ず、まず政治権力を奪取しなければならぬ、とも。
(ここから政治思想としての「マルクス主義」が始まる。が、私は、わたしの課題に戻ろう)

そして、個人に対する国家の本質をこのように語る。

  諸個人はただ彼らの特殊利害(=特殊化された普遍=個人としての利
  害)――かれらにとってかれらの共同利害と合致しない利益(=個
  人の利害)だけを求める。そして一般的なもの(普遍的なもの)は
  共同性の幻想的な形態である――それゆえにこそ、このもの(=国
  家)はかれらにとって『よそよそしい』(fremd)そしてかれらか
  ら『独立な』(unabhängig)利害、すなわちそれ自身ふたたび特殊
  なそして独自な『一般』利害(Allgemein Interesse)としておし
  だされる。あるいはまたかれらは、民主制のばあいのように、この
  ような決裂のままで互いにまみえなければならない。したがって当
  然また他方では、共同利害および幻想上の共同利害にむかってたえ
  ず現実的に対立するところの彼らの特殊利害の実践的な闘争は、国
  家としての幻想的な『一般』利害による実践的な干渉と制御を必要
  なものとする(引き出すことになる)。社会的な力は、すなわち分
  業のために制約された協働(種々な個人の)によって発生するとこ
  ろの倍化された生産力は、この協働そのものが自由意志的ではな
  く、自然成長的であるためこれら個人にはかれ
  ら自身の結合された力としては現れずに、かれらの外に立つよそよ
  そしい力として現れる。
    ――同前 P45

ここに国家は幻想であり、個人と矛盾対立するものであることが宣せられる。しかし、マルクスはこのあと、国家や法や哲学にかかずり合うのをやめ、「市民社会」の本質たる「資本」の解明に向かうのである。

『ドイツイデオロギー』のこのあたりの部分は、マルクスの叙述がきわめて平易でわかりやすく、翻訳によって晦渋さが加わってもなお、ある種の明晰な精神の透明性を感じられる。用語が完全にかれのものなり、思考に確信がふかまり、その手ごたえに精神が高揚しながら、熟した思考が自然に適切な用語を選択し、密集した密度の高い言語水準が獲得されている。
思考がある大きな地平をきり開いたときのたくさんの情熱と冷静が詰め込まれている。「詩的」である、といっても良い。

1981年角川文庫版『改訂新版共同幻想論』の序文で、吉本隆明は次のように書いている。
  
  まずわたしが驚いたのは、人間は社会の中に社会を作りながら実際
  の生活をやっており、国家は共同の幻想としてこの社会の上の聳え
  ているという西欧的なイメージであった。西欧ではどんなに国家主
  義的な傾向になったり、民族本位の主張がなされるばあいでも、国
  家が国民の全体をすっぽり包んでいる袋のようなものというイメー
  ジで考えられてはいない。
  〜略〜
  ある時期このイメージのちがいに気づいたとき、わたしは蒼ざめる
  ほど衝撃を受けたのを覚えている。同時におなじ国家という言葉
  で、これほどまでに異質なイメージが描かれることにふかい関心を
  そそられた。

「国民の全体をすっぽり包んでいる袋」とは、東条英機―岸信介らの軍部・官僚の「統制派」による、国家が文化も芸術も経済も産業も(つまり市民社会を)国家の活動のために「総動員できる」という戦時体制のイメージであろうか。たしかに、戦争下でも「戦争は国家の仕事であり、国民はこれに対して否と言うことができる」、というアメリカやイギリスのイメージとは違っているように受け取れる。
(しかし、ここから「アジア的」一般を引き出すのは、ちょっと違うように感じられる。もっとも、『共同幻想論』では「アジア」ではなく、「日本」というクニを取り上げたから直接の非議の対象ではない。)

じぶんの生まれ育ち生活し、感受し思考する「場」であるニホンというクニを取り上げて、共同幻想の成り立ちを理論的にあきらかにすること。というより構築すること。
それは敗戦によって痛手を受けた吉本が内心で問い続ける、以下の課題にこたえる、客観的(普遍的)な理論構築でなければならなかった。

1 資本主義も十分に発展していたはずの昭和期日本国家は、なぜやすやすと「超国家主義」と「統制派」の支配する非理性的な、「万世一系の天皇」が統治する偏執狂的なクニになったのか。
2 これに対して、なぜ知識人も庶民も「抵抗」というより「賛美」していたのか。また戦時中に戦争を賛美していた知識人や庶民はなぜやすやすと、戦後に民主主義者に転向したのか。

『転向論』ではいわば転向者にそくして(いわば形相的還元として)、転向のプロセスを取り上げ、分析した。
次はこうした事態を生み出した根本要因である「この社会」のがわの本質的な原理のなかから吉本の主題にそくして(いわば超越論的還元として)、「個人を蔽うようなイメージの「お上」とか共同幻想」の成り立ちを解明し、理論化(普遍化)することにより、共同幻想のいびつさを解体することが目指された、であろう。

動機付けは整った。
ここから、共同幻想論の構想の全体像まではあとわずかだ。

3月の緑の女王、ブロッコリーと、こえびのサンドウィッチ

2009年03月16日

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えびを白ワインと塩で軽く、ごくかるく茹でて、
香り高く、歯ごたえよく始末する。
朱赤に染まるえびの艶やかさとホロホロしたまたはぷりぷりした食感は、自然に心に、つまり体にスキップするような跳躍とリズミカルな活気をもたらし、他のものに変えがたい。
えびの白と朱赤も良いが、ブロッコリーの濃い緑は大地の力そのままである。えびを茹でたゆで汁で一分ほど火を通し、クシャッとなる前にすくに上げる。

茹でたまごを温かいうちに刻んで、塩コショウ、マヨネーズ、白ワイン、ラム酒を少し、まぜる。
香りたつ、温もり。
しろみがホロホロ崩れるようにやさしい。
黄身は控えめにしかししっかり濃くをつける。
茹でたての卵のやさしい味わいは、
限りなくどこまでもやさしくなってゆく
母の優しさ、のようであるか。

パンに卵を載せ、えびを載せ、ブロッコリーを満遍なく散らして、
もう一枚を載せ、左手で柔らかく凹凸を少し感じながら、それでも
押さえつけて、切り分ける。
なにごとか、とびちるものが、ある。
あ、春が、跳び、散る、のか。

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ブロッコリーは和名「緑花野菜」である。「みどりはなやさい」であって「りょっかやさい」ではない。
みどりはな―やさい、というようなほしいままの名をもつ、
その緑は深く鮮やかで、「緑の女王」と、呼んでみたくなる。
ビタミンA(カロチン)、B、Cを多量に含む。
Cはレモンの2倍だ。
盛夏に種をまき、2〜3月に収穫する。
春先以外のブロッコリーは「類的」でない…。(マルクスを読んでいたもので…つい…)
アブラナ属アブラナ科であって、ほおっておくと花茫々となる。
一株に、万を越える花が着く。
まさに茫々とした花の原のようになる。
愛すべき、であろう。
ブロッコリー花.jpg

あんずよ花着け、あんずよ燃えよ…
と室生犀星は歌った。

ブロッコリーはアブラナのように
上に伸びて天に近づく孤高の栄華の不毛より、
花のかそけきを惜しんで横に広がり、地に近く寄り添った、
官能の強い、生活感の強い、いわば男気の生き物である。
あまりにも図太く、非詩的、であるかもしれない。
あるいは非詩的を突き詰めて、
最終的に詩に転換したというようなパラドックスであるかもしれない。

かそけき春を、繊細にかつ図太く―
ブロッコリーの偉大な季節を、この一皿に。

トルティーヤのブーケレタスと
ローストしたパストラミビーフとベーコンのロールサンド2個をつけて、
1200円。

*     *     *     *

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共同幻想論5 それまでの吉本隆明―詩と情況と原理その2

2009年03月15日

原理的思想としての共同幻想論

「情況」の本質的終焉
吉本的「情況」を追えば、その後1959年「社会主義リアリズム論批判」で、「プロレタリア文学運動の批判的検討に見切りをつけ」、つまり「プロレタリア文学」も「政治と文学」も文学には存在しないし、関係ないのだと、独自の文学理論の構築が視野に入った。
安保敗北の一連の流れの中で1962年「擬制の終焉」に至る既存前衛党批判、既存政治思想批判を一応完結させたが、マルクスとは違い「批判」がそのまま新しい思想的パースペクティヴの提出にはつながらず、苦闘していた、であろう。(批判する相手が小さすぎた、のだ、きっと)
吉本にとって、政治はすでに無効を宣言され死滅を宣言されなければならないものに見えていただろう。「政治の季節」=情況もまた本質的に終焉していたのである。(私たちはその、最後の熾き、のようなものに引っかかっていたのだった、ろう。)

反逆から自立と構築へ
この時期情況的に(安保敗北後の新左翼運動や既成左翼への批判的提起として)「自立」の思想が提起されている。だがその実態はよくわからない。(よくわからないからこそ、わたしたちを含めたミーハーを獲得し、濫用された)
情況的に政治的な思想のように、提起されたが、よく読めば、自立とは、何かからの自立ではなく、「他立」一般に対しての「自立」である。(ならば新左翼諸党派や既成左翼への批判などともなわずに、原理的な課題として提起すればよいものを、と、今は思うが、しかし、これが「情況の人」たるゆえんであり、あかしでもあるだろう。)
簡単に言えば、生計を大学などのこの社会の秩序維持派に頼らず、政治的には(情況的には)あらゆる既成の勢力と妥協せず、思想的には既成マルクス主義でない新たな思考の枠組みを構築して「自立すること」であり、私たちはこれを文字通りに、倫理的に、思想的に、生き方的に受け止めようとしてその不可能性に、内心ひそかに、おののいていた。

このとき自立思想の根拠として「大衆の原像を意識に繰り込む」という「大衆の原像」論も同時に提起され多くの影響を持ったが、そのあいまいさがまた議論になった。それは現実の分析から発生したものではないからであり、ほんらいは吉本の内心のものである「詩的絶対性」を言い換えたものである、からだろう。
「マチウ書試論」における「秩序に対する反逆」を「倫理に結びつけ得る」「関係の絶対性」、を社会化しようとして「大衆」に結びつけたものであるからだ。
その媒介項として、親鸞的な「非知」の論理を想定しても、大きくは違わないだろう。

反逆から自立へ、(政治的)情況から(原理的)構築へ、吉本は大きく「転向」した。
しかしなお社会全体を視野に入れた新しい思想的原理の構築は保留され、60年新たに創刊した「試行」では、詩的世界の延長である文学の原理論として「言語にとって美とは何か」が開始された。しかしその内容は「詩的世界の延長」とは似ても似つかなかった。それはまさに「反逆」から「構築」へ立場を変える「苦闘」であったことだろう。
そのままでは、赤裸に、「詩」をもって世界を語った詩人、のすがたであり続けたであろう。(つまり100年以上前に「ユリイカ」に命を懸けたエドガー・アラン・ポー、のように)
(このころの吉本の試みはフーコー的な微細な差異や無意識の読み解きと同期的であり、世界思想を視野に入れていた。が、部分の思考が進化する度合いに応じて、時代の情況と拮抗する思想の「関係の絶対性」は薄められていったであろう。正しくは、1958年ころに、時代に詩的絶対性を対置する「関係の絶対性」=秩序総体への反抗の心情を括弧に入れたからこそ、時代と詩的絶対性との距離を「政治状況」的な「情況」によって埋めることで「現実社会に相渉り」、さらに、「知」の深みに安住の場をみいだした、というべきであろう、か…。)

吉本思想の転回とマルクス思想
1964年の、マルクスについての論考の機会は、救いでもあり、転機だったのではないか。
「図書新聞」に掲載された「マルクス紀行」は、吉本に「思想の根源」としての「マルクスの自然哲学」の再発見と、吉本にとっての(この時点での)ほぼ唯一の思想的同行者「マルクス」の発見をもたらした。
講談社「世界を動かした人びと 1 世界の知識人」の1項目としてかかれた「マルクス伝」で、吉本はその後の思想的地平を開く「共同幻想論」の着想を得た。

  『資本論』の理解はそれほど困難ではない。かれがその基底を置い
  ている<自然>哲学は、『手稿』と少しも違っていないのだ。ただ、
  かれがあらたに考察の軸として導きいれたのは。自然史の過程とし
  ての歴史哲学であった。そしてかれがもっとも難渋したのは、いか
  にして、<自然>史学としての歴史哲学を、かれ自身の主体的<自然>
  哲学と接着させるか、という点であった。
    「カール・マルクス――マルクス伝」

まさしく、歴史や社会やから、個人の精神や、自らの詩的な論理と倫理までの「幻想性」を原理にまで還元する原理的思想としての「共同幻想論」や「心的現象論」や「言語にとって美とは何か」を、主体的な立場としての詩的な倫理と論理、つまり「反逆の倫理」=「詩的絶対性」とどう接着させるか、という、以降の吉本の課題が語られている。

  かれのもっとも見事な考察は、‹法›、‹国家›は社会から幻想の共同
  性として抽出されて社会の外に立ち、それが‹法›という普遍権力によって
  社会と対立する、という点であった。
    「カール・マルクス――マルクス伝」

このとき、「共同幻想論」ははじめて、その構制を現す。
すなわち、マルクスの自然哲学を基底において、マルクスが「ドイツイデオロギー」「経哲」で完了させた「幻想領域」についての論考を現代的に再構築することこそが、「擬制の前衛」終焉後の、新たな原理的構築でなければならなかった。

共同幻想論4 それまでの吉本隆明―詩と情況と原理その1

2009年03月15日

吉本隆明の作品はすべて詩である、という批判者の揚言は、正しい、と思う。正しいが、だからといって評価が下がるわけでも、作品として出来が悪いわけでもない。
「詩的」表現は論理性も心情も倫理も同時的に表現できる、ということを吉本本人がその詩作品で示しているからである。

詩的吉本隆明 倫理化された心情の論理―詩的絶対性と情況

「秩序」への反逆の心情
敗戦で挫折した「軍国少年」であった吉本隆明は、国が敗れても大半はスローガンどおりには「玉砕」せずに(「玉砕」してしまう人もいるのに)、連綿と続く生活を「生活」する光景(市民社会)を目の当りにして、日本軍国主義イデオロギーや、人間や社会や国の現実に激しい不信を抱いた。つまり絶望した。
それは精神的な孤立であり、現実的な生活苦でもあり、して吉本に現れた。そして、社会への通路を絶たれた、とつよく強く感じていた、だろう。現実への通路を絶たれたと感じ、傷ついた精神は迷路のような内面に閉じこもり、モノローグのような対話に、すなわち詩によって自己を再建しようとした。

1950年「詩の一行もかけない時期」が半年以上続いた。つまり、吉本の内心の言葉、内面の自己は、現実との通路を求める時期にあり、そしてその通路は容易に見つからず、停滞していた。言い換えれば「アドレッサンス」の味を十分にあじわっていた。
現実は吉本を拒絶する「秩序」として現れていたであろう。

  <愛するものすべては眠ってしまひ 憎しみはいつまでも覚醒して
  ゐた>わたしはただその覚醒に形態を与へようと願った

  ひとびとはきっと理解するだろう わたしが言ふべくして秘めてき
  た沢山の言葉がいまは沈黙の建築をつくりあげてゐるのを

  差しこんでくる光束はわたしの沈黙の計数を量るやうに思はれた
  しかも決してわたし自らにも狃れようとしないその沈黙の集積を時
  は果してどうするか 不明がわたし自らのすべてをとざしてゐた

  わたしはただわたしの形態がまことに抽象されて もはやひとびと
  の倫理のむかふ側へ影をおとすとき 自らの条件が充たされたと感  ずるのであった
    ――「固有時との対話」

反逆の倫理の現実化
「現実への通路」を開いたものは、もちろん詩であり、その詩は、恐ろしいほどの「抽象力」(マルクスの「抽象力」!)により自意識を抽象化して、ひとびと(=「大衆の原像」に通じるか)の「倫理のむかう側」に着地するものであった。
つまり、全世界の秩序を転倒するべきだという反逆的な心情に現実の根拠=論理を与える作業であった。それは「世界を凍らせるだろうという妄想」を貫通して、そのためにには「廃人」であるほかない、という、全世界に否といわざるを得ない反逆的な感情から、発するものである。
1952年「固有時との対話」で孤独と絶望のなかで、不思議に自律的で強靭な(ふてぶてしくさえある)論理を駆使し、1953年「転移のための十篇」で、激しい瞋(いか)りと熱情で「社会へと相渉る」(論理化された)叙情をうたった。

  ぼくが真実を口にすると ほとんど全世界を凍らせるだろうという
  妄想によって ぼくは廃人であるそうだ
    ――「転移のための十篇」『廃人の歌』

すでに仮名使いも改まり、視点は「現実から」の視点に「転移」して、「ぼく」を見ている。そして吉本の場合は特異にも、アドレッセンスの「心情」を無限の「真実」として全肯定し、そのまま深掘りして、高度に抽象化された「反逆の倫理」にしたて、論理化するという荒業であった、と思う。
どうあろうと(「廃人」であるといわれようと)、内心の「秩序」への「反逆」の心情に含まれている論理だけを武器にかれは真実を口にし、「世界を凍らせる」のである。
ここに多くの共感を呼ぶ、「思想」と「文体」の「直接性」の理由がある、ともおもう。
  ※この「直接性」というものは、内面の心情をとことん凝縮し、追い
   詰めてついに「心情の絶対性」を「関係」性に転化させると言
   うものであって、一種のアクロバットといえば言えなくもないよ
   うに思われる。
   また、じぶんの動かしがたい心情を、社会的な(マルクス言うとこ
   ろの、である)「関係」にうつしかえるということで、この飛躍
   には人間の観念というものの恐ろしさ(マルクス言うところの
   「哲学者の神秘」)が潜んでいるようにも思われる。(たんなる
   傲慢、つまり「妄想」でしかないかもしれない、という危険が常
   につきまとうのであるが…。実際「内面の葛藤からどのように社
   会へ「相渉る」のか論理的に明快でない、というまっとうな「批
   判」は当時流布されたが、しかし、大方の支持を得ることができ
   なかったようんに思われた。わたしたちには「社会的現実」へと
   相渉った吉本の偉さ、だけが印象に残っていた。)
   また柄谷行人が「放棄」したところの内部の「形式化」を突き詰
   めて、突き詰めることによって無効にしてしまうことで外部へと
   歩みでる、という言説と通底するようにも思われる。吉本にある
   詩的直観が、柄谷には少し足りないのだ…というように。
   またマルクスの「自然哲学」、「人間は自然を非有機的身体とし
   て人間化し、そのために有機的自然として自然の一部であるほか
   ない」、という根源的な存在の逆説にも、にている…か。
   ―次の、課題である。

吉本は1961年7月号の「詩学」に「詩とはなにか」を発表し、この間の事情を誰よりも明快に、やさしく適切に、そして憎らしいほど美しく言い切っている。
   
  マルティン・ハイデッガーは『ヘルダーリンと詩の本質』の中でつ
  ぎのようにいう。
     
     人間の現存在はその根底に於て「詩人的」である。ところで
    詩とは 我々の理解するところによれば神々並に事物の本質に
    建設的に名を付与することである。詩人として住むとは神々の
    現在のうちにたち事物の本質の近みによって迫られることであ
    る。現存在がその根底において「詩人的」であるとは、それは
    同時に現存在が建設せられたもの(根拠づけられたもの)とし
    てなんらのいさおし(※=手柄・名誉)ではなく賜物であるの
    謂である。
     詩は現存性に随伴するたんなる装飾ではなく、またその場限
    りの感激でも況やただの熱中でも娯楽でもない。詩は歴史を担
    う根拠でありそれ故にまた単なる文化現象とかましてや「文化
    精神」の単なる「表現」などではない。      

  現存在が詩人的であるとは、いさおしではなく賜物だ、という言葉
  や詩は歴史を担う根拠だという言葉はわたしの気に入る。これをや
  さしく翻訳すれば、現存する社会に、詩人として、いいかえれば言
  うべきほんとのことをもって生きるということは、本質的に言え
  ば、個々の個人の恣意でなく、人間の社会における存在の仕方の本
  質に由来するものだ、ということになる。これをわたしのかんがえ
  にひきよせて云いかえれば、私たちが現実の社会で、口に出せば全
  世界が凍ってしまうだろうほんとのことを持つ根拠は、人間の歴史
  とともに根深い理由をもつものだ、ということに帰する。
    ――「詩とはなにか」(思潮社「詩とはなにか 世界を凍らせ
      る言葉」P17

しかし美しく出来上がった説明は、事実の事実性を、つまり内心のおののきや、不安な耐え難い心情やの出自を、吉本が詩ですくい出そうとして苦闘したあのふたつない詩的絶対性を、言い換えればそれだけが存在の根拠であるところの突き詰めた反逆の心情をのおぞましい美を、覆い隠してしまっているように、見える。

P1070408.JPG
1954年「マチウ書試論」でそれらを、現実が強いる「相対性」の圧力に抗してけして相対化されることのない「関係の絶対性」の場に立つことが「反逆の倫理」につながる、と、世界への「不信」感を倫理化した吉本隆明は、「詩」(の絶対性)をすべてに拡大し適用する天性の詩人である。

  秩序にたいする反逆、それへの加担というものを倫理に結びつけ
  得るのは、ただ関係の絶対性という視点を導入することによっての
  み可能である。

  人間は狡猾に、秩序をぬって歩きながら、革命思想を信ずることも
  できるし、貧困と不合理な立法を守ることを強いられながら、革命
  思想を嫌悪することもできる。自由な思想は選択するからだ。しか
  し人間の情況を決定するのは関係の絶対性だけである。

    (いずれも「マチウ書試論」)

ここに「詩的絶対性」と「情況」のひとは現実への通路をこじ開けた。現代詩史はまだ、吉本の詩的意義を評価する場や器を持たない。

“情況”の思想
吉本の情況(政治的な「世界」のこと)認識は、1958年の「転向論」が頂点でこれ以降、時代を、そう凝縮して見せることはなかった。また不可能で、あった、だろう。

1951年「前世代の詩人たち」で岡本潤、壺井繁治を激しく批判し、商業文学の世界に登場して「文学者の戦争責任論の口火を切った、とされる。まことに、吉本青年のアドレッサンスを孤立と絶望に追いやった1941〜50年頃の「秩序」への反撃の開始であった。
政治思想的には、真剣にマルクス主義の可能性に惹かれていたが、日本軍国主義イデオロギーに「うらぎられた」経験が、簡単には党派や支配的言辞に与さない独自の批評的視野を獲得していた、であろう。

1958年には「転向論」により、「情況的思想論」の核心にいたった。
日本社会には「高度な近代的要素」と「封建的な要素」が併在しているという「情況」認識を提示し、岡本潤ら「転向者」たちは、一度は日本社会の後進性に見切りをつけ、モダニズム(ロシアマルクス主義)に走るが、(年齢とともに=つまり生活感情として)日本社会に妥当性を見出し無残に屈服する「二段階転向」者であるとした。つまり、もともと日本的封建遺制から遁走し、流行を追った軽薄なおっちょこちょいだと言い切って切り捨てた。
また「非転向」を貫き、一種の「神格化」された英雄であった宮本顕治らを、はじめから、日本社会の現実を必要とせず(認識せず)、モダニズム(ロシアマルクス主義)に走り、空転しているもので、日本社会の現実と対決していないから非転向なだけだ、もともと「転向」していたのだ、とした。
宮本顕治は、「非転向の英雄」で、偶像だという当時の風潮に、真っ向から否を唱え、偶像の座から引き摺り下ろした力技であった。
また「転向」を心の弱さ、というような倫理の範疇から、思想の深さ、強さの論理性の問題というような、知の構造の問題に還元したであろう。
ロシアマルクス主義と日本前衛党に「擬制の前衛」として破滅を宣言し、ここから、新しい人、吉本隆明はは確立し、以後、1973年頃「情況」が死滅するまで、(つまり「政治革命」が世界を変える可能性が、絶えるまで…)思想情況(「情況」の思想)はまさしく吉本が主導するところとなった。情況の人吉本の真骨頂であろう。以降吉本は、偶像の人、とも、なったのだ。
吉本の情況(政治的な「世界」のこと)認識は、このときが頂点で、これ以降、進化も深化もしておらず「スターリニスト(ロシアマルクス主義者)」とか「ファシスト」以外のタームはついにでてこない。「超資本主義」といったあとも、その、具体的な政治思想は、ついに提出されていない。

※さすがに、動向は的確にとらえて、断片的にだが、「贈与」の思想、とか「アフリカ的段階」とかいった言葉はでてきているようだが、「情況」(政治運動としての実現の可能性)には届いていないように思われる。

     ※     ※     ※

だがここには、吉本の詐術が秘匿されているように思える。ロシアマルク主義にも日本前衛党にも破滅を宣言したとして、その後の展望はあるのか、という基本的な疑問に吉本は答えていない。あるいは意図的に「答えないことにした」のではないかとも思われる。
吉本の生活世界重視(マルクス自然哲学の現実的実現!)からいえば、戦前すでに相当程度に発展していた日本資本主義=統制派体制が朝鮮特需に乗って、大幅な回復を示し、庶民生活もゆとりを回復してきた1956年ころ(スターリン批判・フルシチョフ平和共存路線・朝鮮戦争・「もはや戦後ではない」宣言)には、すでに「暴力革命」は希望よりも「破壊」をもたらすものになっていたからだ。
1958年ころ「社会主義リアリズム論批判」や「転向論」を書きながら吉本の胸にはどのような思いが去来したであろうか。
すでに内心では「政治革命」の有効性には疑問符が打たれていただろう。それは社会主義リアリズム論の破産を言い切ることによって明らかだ。政治革命のの有効性を認めるなら、他の何ほどかを犠牲にしても政治革命を優先するべき思想が語られねばならない。
しかし現実には(情況的には)「封建遺制」の桎梏と「あたえられた革命」によりゆがめられた「戦後民主主義」がなお自立できず、苦しみながら跛行しているのであったろう。
1958年警職法闘争から59年三井三池闘争と続く中、日本資本主義の世界レベルでの「自立宣言」たる60年安保改定に対する闘争(60年安保)は、日本資本主義に対応する思想としての「戦後民主主義」の世界的自立をかけた闘いであった(あるべきであった)、だろう。
そのとき吉本が行動をともにした共産同(ブント)=全学連主流派の気分は「暴力革命を辞さず」と「全世界を獲得するために」であったが、具体的な革命の展望は絶望的なほど微小であってほぼないに等しく、吉本が同伴したのは「政治革命」の理念にではなく、むしろその行動のラデイカルさと感性の直接性・身体性ともいうべき点にあった。
それは「虚妄」としての「戦後民主主義」を身体性・直接性から転倒し作り直す『「戦後民主主義革命」の革命』とも言うべきものであったのであって、今日から見れば、フーコーなどのポスト構造主義、リオタールやスガ秀実いうところの「68年革命」の先取りとしてそれはあった。

ただ、吉本の詐術は政治革命を無効と判断しながら、「情況」的発言においてはなお政治革命を志向しているかのようなポーズをとり続けたことにあった。

それゆえに60年以降吉本は、革命の情況には程遠いといい、新左翼諸党派の暴力革命論はとんまとか勘違いとか蔑笑し「原理論」の必要性を説きながら、政治的社会的展望を持った原理論はついに言及されることはなかった。
政治的「左翼」圏内にとどまること、を吉本が公式に放棄するには東欧「社会主義」崩壊後の1995年「わが転向」まで待たねばならない。


ユミ・カツラ45周年のトシ・ヨロイヅカの豪華でパワフルなタルトフレーズ

2009年03月14日

3月8日、新商品“アシェット タルトフレーズ”(イチゴのタルトのデザート)がメニューに加わった。
(3月一杯の限定メニューである、が、あまりの美味しさに、定番化しよう、と思っている…)
090305タルト・フレーズ2.jpg

初日は下のように盛り付けを変えてご提供。
たっぷり3個分のイチゴが乗っている。
サクサクの上質なタルトベースに、甘すぎない微妙に調整されたバランスの良いカスタードがやさしく、絶妙にマッチする。
これだけでも十分だが、
中には、すごいものが隠れていた。
P1030909.JPG

中には、なんとたっぷりの、とろとろのイチゴのソース。
これがたまらない。
甘やかで深く濃く苺の美味しさを凝縮している。
P1030916.JPG

イチゴにカスタードで一口。
イチゴのさわやかさとカスタードのやさしい甘やかさ。
ソースだけで一口。
濃厚なイチゴのエキスに酔ってしまいそう。
やっぱり、全部まとめて、だな。
全体を6分の1にカットした、“それ”、
をソースがたっぷり入っていることを確かめて、
一気に口へ。
さくさくも、さわやかも甘やかも、濃くて深ーいやつも
十分に自己主張しながら、
網目のように交じり合って一杯に広がる…。

ふぅ〜、ごちそうさま。
この小宇宙のようなアシェット タルトフレーズ1200円。

初期のトシ・マンデルクローネのような力強いベースと、
鎧塚氏ならではの繊細な、微妙なバランスが
上手く息をあわせた上等な一品。傑作だ。


  *     *     *     *

Cafe Rose Yumi Rose
港区南青山1-25-3 桂由美ブライダルハウス2F
TEL 03-3408-7990
posted by foody at 15:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | Cafe Rose Yumi Rose

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